牝馬クラシックの「第85回オークス」(芝2400メートル、GⅠ)が19日、東京競馬場で行われ、クリストフ・ルメール騎乗の2番人気チェルヴィニア(牝3、木村哲也厩舎)が2分24秒0で優勝し、GⅠ初制覇を飾った。桜花賞の13着惨敗からの鮮やかな逆転劇。だが、単勝の払い戻しは460円でファンは2番人気に支持していた。複数の選択肢がある中で名手ルメールもチェルヴィニアの騎乗にこだわった。必然の逆転ドラマだったのかもしれない。

 

 黄金コンビが見せた痛快な逆転劇

 最強馬イクイノックスで一時代を築いたルメールと木村哲也調教師の”黄金コンビ”が樫の舞台でも真価を発揮した。チェルヴィニアは4月7日の桜花賞では13着と惨敗していた。5か月半の休み明けだったこともあるが、リベンジのオークスで驚きの激変ぶりを見せた。2冠を目指し、最後の直線で抜け出しをはかった1番人気の桜花賞馬ステレンボッシュを外から鋭い末脚でとらえ、半馬身差をつけてゴールした。
ルメールにとってオークスは4勝目となったが、今年初のGⅠ勝利。3月にドバイでの落馬負傷により桜花賞、皐月賞は騎乗できなかった。復帰後もNHKマイルカップ、ヴィクトリアマイルとも2着だったこともあり、インタビューでの第一声は「ただいま!」。
笑顔を弾けさせて完全復帰をアピールした。
「オークスとダービーでは頑張りたかった。チェルヴィニアで勝つ自信がありました。2歳のアルテミスステークスで、ポテンシャルは高いと思っていたので自信を持っていました。今回は2400メートルだったので3、4コーナーまで我慢し直線では凄くいい脚で伸びてくれました」
レースでは好スタートを切ると、馬をなだめながらプラン通りに中団からレースを進めた。レース前の記者会見では、「ミドルポジションで走れば最後は良い脚を使ってくれる。凄くいい馬ですからいい競馬を期待しています。リベンジできると思う」と話していたが、想定通りのパフォーマンスだった。
斜め前に大本命馬のステレンボッシュを置き、徹底マークする理想形。前の開いたライバルが馬場の内から先頭に立ったが、豪快なフットワークで外から突き抜けた。名手らしい手綱さばきだったが、その後の名コメントが競馬ファンの胸を打った。
「今年、ケガもしましたけど、それは関係ないね。騎手の生活です。コウタフジオカとコウタ君の家族はもっと大変でしたから。ボクのケガはあまり関係なかったです」としんみりとした表情で4月6日の落馬事故がもとで同10日に35歳の生涯を閉じた亡き友の藤岡康太氏を悼んだ。
なぜチェルヴィニアは桜花賞の惨敗からの逆転劇を演じることができたのか。
実は、1番人気に支持されたステレンボッシュはレース中に右トモ落鉄のアクシデントを起こしていた。今年で85回目となったオークスでは過去に幾多の逆転ドラマが生まれてきたが、桜花賞馬のステレンボッシュは、血統、脚質などのすべての面で、距離の延びるオークス向きだと考えられていて、管理する国枝栄調教師は、アパパネ、アーモンドアイという過去に携わった3冠牝馬を引き合いに出して「遜色ないと思うよ」と2冠達成に自信を持っていた。
落鉄のアクシデントさえなければ、そのまま逃げ切った可能性もあったが、「うちのも自分の競馬はできた。勝った馬を褒めるべきじゃないか。グーンと調子が上がってきていたね」と敗戦を受け入れた。

 ただファンは、チェルヴィニアの能力の高さを見抜いていた。
SNSやネットで「ファンは良く知っている」と話題になったが、桜花賞惨敗のチェルヴィニアが2番人気に支持され、単勝払い戻しは460円だった。
世代の有力候補に名乗り出たのが10月のアルテミスステークス。2歳時に東京芝マイル戦を1分33秒6で走破した。これはグランアレグリア、サリオスなど過去のGⅠ馬に匹敵する内容で大物感たっぷりの走りだった。ただ、2歳女王を決める12月の阪神ジュベナイルフィリーズを前にして歯車が狂い始めた。左トモの違和感により、このレースを回避することになったのである。ちなみにパートナーがいなくなったルメールは、ステレンボッシュに騎乗し、2着に導いている。しかし、ルメールは、春のクラシックでは、チェルヴィニアの能力を最上位と評価していた。数々の騎乗依頼がある中で、この馬と桜花賞、オークスとコンビを組むことを昨秋の時点で決めていたという。
ただ、ルメールはドバイ遠征で骨折の怪我を負い、桜花賞では騎乗できなかった。
チェルヴィニアは栗東に滞在し、好時計をマークしていたものの、5か月半の長期ブランクが響き、仕上がりもまだ途上段階だった。手綱を取ったのはムルザバエフで、しかも大外の18番枠を引き、ハイペースの中で好位につけたことで脚をためることができず、本来の末脚を生かせなかった。さらに直線では2度挟まれる不利もあり4番人気でまさかの13着に沈んだ。

 しかし、逆転へのシナリオは着実に進んでいた。ルメールの奇跡的な復活に合わせるかのようにチェルヴィニアも本来の調子を取り戻す。最終追い切りでは、ウッドコースで意欲的な3頭併せの真ん中。両サイドからプレッシャーをかけられる中、追われると瞬時に抜け出し、スタンバイを完了させていた。
木村調教師は立て直しに向けて「コンディション調整の面で、私自身が上手く見抜けなかったと反省しきりというレースでした」と桜花賞の敗因を分析。「いいパフォーマンスをしてくれていた2歳当時のものを取り戻すことを課題に取り組んだ。今週の追い切りもアグレッシブにやり、馬はポジティブな気持ちで調教に取り組めている。しっかりと実戦を想定した追い切りができ、いい時のフットワークに戻った感じ」と手応えをつかんでいた。

 血統も良かった。父が2400メートルに適性のあるハービンジャーで母チェッキーノがオークス2着という好血統。一度、使われて状態が上向いていたことに加え、得意の左回りに舞台が変わること、そして、何より過去にソウルスターリング、アーモンドアイ、スターズオンアースで3勝を挙げているオークスを得意とするルメールに手綱が戻ることで、チェルヴィニアが逆転劇を生む条件は整っていた。2番人気で支持したファンが、それらの可能性を見抜いていたわけである。
桜花賞のリベンジをオークスで果たしたルメールと木村調教師コンビのドラマは、ここがゴールではない。26日に開催される日本ダービーでは、牝馬ながらホープフルステークスを勝ち、皐月賞で1番人気に支持されながらも6着に敗れたレガレイラでも、再びコンビを組み逆転劇を狙うのだ。
「オークスではすごくいい結果を出すことができました。来週はダービーです。2017年と一緒でオークスとダービーのダブルで勝ちたい」
ルメールは自信満々にそう誓った。
日本ダービーでは無傷の3連勝で皐月賞を制したジャスティンミラノが大本命だが、ルメール×木村の名コンビは、2週連続GⅠ制覇の快挙に照準を定めている。だ。オークスでの痛快な逆転勝利の続編が起こっても不思議ではない。