アメリカ・プロバスケットボールNBAのグリズリーズに所属する渡邊雄太選手(29・香川県三木町出身)が、きょう(5月1日)母校の尽誠学園高校に凱旋しました。

日本時間の4月20日、来季から日本でプレーすることを発表した渡邊選手。懐かしの学び舎で、どのようなことが語られたのでしょうか?

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尽誠学園高校の体育館で、生徒たちは「渡辺選手ガンバレ、応援しています」と書かれた手製の横断幕を掲げて、渡邊選手の登場を待ちます。午後2時、渡邊選手が体育館に姿を現すと、生徒たちから大きな拍手と演奏で迎えられました。

尽誠学園高校時代、ウィンターカップの準優勝メンバーでもある渡邊選手、母校に帰るのは実に約5年ぶりです。

講演会の前に、善通寺市の辻󠄀村市長が挨拶で「香川には『B3の』香川ファイブアローズというチームがありますが...」と話すと、渡邊選手はニヤリと微笑んでいました。

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この特別講演会は、尽誠学園高校がオファーして実現したものです。

NBAのシーズンを終え帰国したという渡邊選手。生徒たちに、

「NBAというと、毎日楽しく華やかな世界だと思うかもしれませんが、11年アメリカにいて心から楽しめた瞬間はかなり少なかったです、苦しい日々が続いていました」

と率直な思いを打ち明けました。

その上で、
「向上心のある人は、成長したいと思うとき壁にぶつかる瞬間がある。何回も僕も壁にぶつかりながら生活してきて、それでもアメリカにいる選手の誰よりも勉強・練習し努力してきた」

「自分にも限界を感じていらだちもあったけど、そんな時、尽誠学園の時の自分と見比べて成長できていると感じていた。その自分の成長を認めることでモチベーションにもつながった」

「人生はこの繰り返し、皆さんもこれから壁にぶつかると思いますが、向上心を持って成長してください」

と生徒らにエールを送りました。

特別講演会の最後には、生徒たちによる校歌斉唱では、渡邊選手も11年ぶりに母校の校歌を口ずさんでいました。

また、生徒からエールと五輪出場に向けてのメッセージが書かれた日の丸が贈られると、渡邊選手は「パリ五輪に向けても頑張りますので、ぜひ応援をよろしくお願いします」五輪への思いを語りました。

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渡邊選手は4月20日、自身のインスタグラムでライブ配信を行い、「日本でプレーすることを決めた。20代は苦労したので、これからは自分のやりたいバスケットをやりたい」と話し、「単純にバスケットがしたい。試合に出て、自分が練習してきたことをコートで出したい」とバスケットへの思いを語っていました。

今季はサンズで開幕を迎えたものの出場機会が減り、シーズン途中で古巣のグリズリーズに移籍。しかしあまり出番は無く、終盤は欠場が続いていました。このことについて「メンタル的なことでお休みをもらっていた。きついなと思った」と苦悩を明かしていました。

渡邊選手は2018年にグリズリーズとツーウエー契約を結び、同10月に日本人選手では田臥勇太選手(43、Bリーグ宇都宮)以来、2人目のNBAデビューを果たし、日本人最長となる6シーズンをプレーしました。