「うそをつかない人に」。

2022年1月、静岡市で13歳の息子を持つ母子家庭の女性(当時37歳)の首を絞め殺害し、遺体を遺棄するなどしたとして、殺人と死体遺棄、窃盗、電子計算機使用詐欺の罪に問われた沖縄県出身で住所不定、無職の元交際相手の男(38)の裁判員裁判で、静岡地方裁判所の國井恒志裁判長は懲役18年を言い渡し、こう諭した。

事件が起こったのは、2022年1月。男は静岡市内で元交際相手の女性を殺害し、遺体を山林に遺棄。そして、女性のスマートフォンを盗んでインターネットバンキングで女性の口座から自らの口座に300万円を送金した疑いで、事件発覚から約1か月後に逮捕された。

「私は犯人ではありません」

事件から約2年を経て、2024年3月に始まった裁判員裁判で、オレンジ色のフリース姿で法廷に立った男は、裁判官や裁判員を前に容疑を全面的に否認。弁護側も、男は金銭的に困った状態ではなく、殺害動機となるトラブルはないなどとして、無罪を主張した。

息子の心の叫び「死んだらお母さんに会えるかな」

男と女性の出会いは2021年7月、息子と友人と一緒に行った、静岡市のキャンプ場だった。それから2人で会うようになり、9月には同棲を始めたが、その3か月後には解消。ただ、その後もたびたび会っていたという。

事件が起こったのは2022年1月17日、女性は男と出会うきっかけとなったキャンプ場付近の山林で、左足の靴下のみを身に着けた裸の状態で発見された。

2024年3月8日の公判で行われた被害者遺族の意見陳述では、女性の父親の手紙が代読された。

SBS

「娘の遺体と対面したとき、半月ほど放置された遺体は野生動物に食べられ、修復するのに時間がかかったのが分かった」

「中学生の孫は『お母さんに会いたい。死んだらお母さんに会えるかな。死にたい』などと話している。心残りがたくさんあった。いまは冥福を祈るのみ。被告人へ、あの夜、何があったのか真実を伝えて欲しい。心が軽くなるのではないか。何があっても絶対許さない。死刑判決が下されることを望む」

男は2022年1月17日未明、女性の車で一緒にキャンプ場付近に向かったことは認めたものの、その後は女性を家に送り届け、自分の車を停めていた駐車場に徒歩で戻ったと証言。同日午前7時ごろに行われた自分への300万円の送金は、生きていた女性本人の操作であると主張した。

しかし、
「どのルートで帰ったのか」
「高速道路を使ったか」
「何時ごろ帰ったのか」
といったキャンプ場から女性の家まで送り届けたことに関する質問については、「どれがどの記憶か分からない」
「覚えていない」
「記憶がない」
などと繰り返した。

「黙秘します」と言ったら「認めたな」と

女性を殺したのは男か。
そして、女性が殺害、遺棄された「時間」が争点となったこの裁判。女性の姿が防犯カメラで最後に確認されたのは、17日午前0時59分。約4時間後の午前5時過ぎには、女性の車が女性宅近くの駐車場に停められる様子が防犯カメラに映っていたものの、運転している人や女性が乗っているかどうかは確認できなかった。

SBS

検察側は、女性の車が駐車された場所から遺体発見現場までの車を使った移動時間を引いた午前4時半までが女性が殺害、遺棄された時間だと主張。対する弁護側は、駐車された女性の車を運転していたのが男だという証拠はなく、午前4時半以降も女性は生きていて、自分と別れた後に何者かによって殺害されたと訴えた。

今回の裁判で判断するのに「直接証拠」はなく、存在するのは検察が積み上げた「状況証拠」のみ。検察側は、女性の車が映る防犯カメラの映像や女性のスマートフォンでのやり取り、男のスマートフォンに保存されていた女性の銀行口座のID、パスワードの画像などを挙げ、立証に努めた。

最終陳述で男は言った。

SBS

「2年前の1月21日、警察にやってもいない罪で逮捕された。わけのわからない嫌味を言われ、『お金をもっていないから殺したんだろ』と言われた。今まで2年以上殺人犯として拘束された。警察の取り調べで『黙秘します』と言ったら『認めたな』と。『覚えていない』と言うと『うそをついている、あいまいでごまかしている』と何をしても言われた。4つすべてやっていないし、わかりません、本当に。私は犯人ではないので、これですべて終わると信じています。女性を殺した犯人を1日でも早く探してほしいと思います」

「うそをつかない人に」

2024年3月14日、静岡地方裁判所が男に言い渡した判決は、検察側の求刑通りの懲役18年。裁判所は、女性を殺害、遺棄した上、スマートフォンを盗んで300万円を送金したのは男であると認定し、女性が殺害、遺棄されたのは午前4時半より前と認定した。

弁護側の女性が午前4時半以降も生きていて、午前7時の送金も女性本人が行ったとする主張については「女性が送金を行ったとすれば、午前6時代から複数回かかってきていた息子からの着信に気づき、息子に電話やメールをするはずであるが連絡をしていない」と指摘。

SBS

「スマートフォンのデータ削除など、数々の偽装工作に及んでいることは強い非難に値する」とした他、女性が自ら送金したことを前提とする男の供述やキャンプ場と女性宅の往復のルートなどを「覚えていない」などとする男の証言は「不自然、不合理であって信用できない」と退けた。

また、事件当時、男が引き出すことのできた預金残高は、合計1,889円で、消費者金融から約175万円の借り入れがあったことなどから、経済的に困窮していないとは言えず、動機はゆうに認められるとした。

裁判所は「中学生の子供から母親を奪ったという殺人の結果は重大」などとして、同種事案の中では重い部類に属すると判断。「反省することなく、遺族に謝罪することもないから、将来、何らかの犯行に及ぶ可能性も否定できない」などと指摘した。最後に裁判長は、裁判員と相談して考えた言葉で男を諭した。

「うそをつかない人に、胸を張って生きられる生活を送ってください」

判決を受け、男は判決を不服として、3月22日、東京高等裁判所に控訴した。