千葉大学病院で勤務医として働き、開業医になったという経歴を持つ松永正訓氏。最新著である『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』で2022年の夏、コロナの第7波で開業医が儲かった理由を赤裸々に説明している。医師にとってのワークライフバンスとは? 同書より一部抜粋・再構成して開業医のリアルな葛藤を紹介する。

経費でメルセデス・ベンツ

どうせ税金でお金を取られるなら、経費で高い車を買うという開業医も多い。医師会の集まりで医師会館の駐車場へ行くと高級車がずらりと並んでいる。ちょっと乱暴な計算をしてみよう。

年に3500万円の収入があるとして、税金(所得税と住民税)はおよそ50%の1750万円である。そこで、500万円のレクサスを買う。収入は3000万円に落ちるので、税金は1500万円になる。250万円得した気分になるではないか。まるで、500万円のレクサスを半額で買ったようなお買い得感である(結局貯金は減っているのだが)。

ぼくもメルセデス・ベンツに乗っているが、何しろ運転が下手なので(特に車庫入れ)、大きな車に乗ることができない。したがって、小型の安いメルセデスがぼくの愛車だ。リッチな車はどれもデカくてぼくには運転できない。

節税対策も税理士さんと相談しながらやっている。大した金額にはならないが、少しは小遣い程度の「得」は出る。細かい話になるので、ここでは書かないでいいだろう。もちろん、法律に従って正しい節税対策をやっている。勤務医は給料天引きなので、節税は無理である。普通の会社員と同じだ。

ちょっとこぼれ話を紹介しよう。一般病院でもメルセデス・ベンツに乗っている医者はいる。しかし大学病院の医者でメルセデスに乗っている人は、千葉大に関しては見たことがない。なぜなら、大学は人間関係が厳しいタテ社会になっているから、若いのにメルセデスに乗っていると、生意気だとその人の評価が下がるからだ。

特に将来、教授の座を狙っている准教授は絶対に高級車に乗っていない。恭順の意を示しているというわけだ。

コロナで患者万来!?

開業医は、出来高払いなので患者を診れば診るほど収入が上がる。一方、大学病院や一般病院の勤務医は、働いても働かなくても給料は同じだ。

コロナ第7波で2022年の8月は、医療制度は崩壊寸前だった。最前線で発熱外来を行っている医者からは悲鳴が上がった。患者家族は片っ端から発熱外来に電話を入れてみたものの、そもそも電話がつながらず、つながっても予約枠は一杯だと断られる状況だった。

非常に不謹慎な言い方かもしれないが、開業医の収益は大幅に上がったはずである。ぼくのクリニックは、発熱外来にたどり着けない患者が殺到したために、やはり患者数が大幅に増えた。

例年8月は感冒などの感染症が激減するために、収益が大きく落ち込むのだが、2022年8月は、8月として開業以来過去最高の収入になった。これがいいのか、悪いのか、なんと書いていいか分からない。

個人事業主は経営のことも考えなくてはならないが、世間に行き場のない患者が溢れるのは、医者としてつらかった。

一方で、発熱外来をやっていた勤務医はとことん疲弊するだけだったと思う。患者で溢れかえる外来と入院病棟で体力の限界まで働き、その結果、何の見返りもないというのは、あまりにも理不尽な感じがする。

勤務医にも働きの量に応じたインセンティブを与えてもいいのではないか。

独立独歩か、寄らば大樹か

医師が辿っていく人生にはいくつもの道がある。大学の医局に所属していると、将棋の駒のように扱われることもないわけではないが、最終的には自分の意志が自分の進路を決める。

収入の多寡だけで、生き方を決める人はあまりいないのではないか。最終的にはやはり生き甲斐を何に求めるかによってその人の人生が決まるのだから、開業医と勤務医の収入を比べることに、ぼくはあまり多くの意味を見出すことはできない。

独立独歩で生きたい人は開業医になればいい。自己責任である。寄らば大樹の陰で、安定と堅実を好み、そして難しい病気にも挑戦したいならば勤務医の方がいいということになる。

確かに贅沢な生活をしている開業医もいるようだ。しかしぼくは開業医になって収入が増えたものの、ライフスタイルは何も変わっていない。100均も利用するし、カードに貯まったポイントも精いっぱい活用している。スーパーで食材を買うときも、値引きされたものに手が伸びる。

月並みな言い方になるが、お金だけが人生じゃないし、天国までお金は持っていけない。ただ、老後の不安はちょっと解消されたかな。この国に住んでいると老後はちょっと不安だから、それはよかった。

 あのまま大学で働き続けていたら、経済的にかなり苦しかったろう。大学病院は労働に見合った賃金とか、ワークライフバランスとか、まだ一向に改善されていない。2024年4月から開始される「医師の働き方改革」が本当に実効性があるものになるかはまだ見通せない。

自分の受け持ち患者が病棟に入院しているのに、週に1回アルバイトに出かけるって、ちょっと異常だと思う。

写真/shutterstock

 

開業医の正体-患者、看護師、お金のすべて(中央公論新社)

松永 正訓
開業医の正体-患者、看護師、お金のすべて(中央公論新社)
2024/2/9
990円(税込)
264ページ
ISBN: 978-4121508096
クリニックはどうやってどう作るの? お金をどう工面しているの? 収入は? どんな生活をしているの? 患者と患者家族に思うことは? 上から目線の大学病院にイライラするときとは? 看護師さんに何を求めているの? 診察しながら何を考えているの? ワケあって開業医になりましたが、開業医って大変です。開業医のリアルと本音を包み隠さず明かします。開業医の正体がわかれば、良い医者を見つける手掛かりになるはずです。