目標は世界一。選手も監督も想いを皆揃って口にしていたが、1年4か月に渡るチャレンジは志半ばで終わりを迎えた。

 コロナ禍の影響で4年ぶりに行なわれたU-20ワールドカップ。3月下旬にインドネシアが開催地を返上し、急遽アルゼンチンで開かれた大会は、日本にとって世界との差を見せつけられる場だった。

 グループステージの3試合を戦い、1勝2敗のグループ3位。初戦こそセネガルに1−0で勝利したものの、2、3戦目は前半に先制しながらも、後半に逆転を許して敗戦を喫した。結果だけを見れば、紙一重だったようにも思える。

 コロンビアとの第2戦(1−2)で終盤にキャプテンのMF松木玖生(FC東京)がPKを成功していれば。イスラエルとの第3戦(1−2)で、退場で10人になった相手から追加点を奪えていれば。2つの失点シーンでオフサイドを取れていれば。

“たられば”は禁句だが、勝利を掴むチャンスは少なからずあった。

 さらに、今大会では24チーム中16チームがノックアウトステージに進める。各グループの上位2か国に加え、3位の上位4か国に入れば、勝ち上がれるレギュレーションだ。最低でも勝点3があれば、生き残る可能性が十分にあった。事実、3位抜けの4チーム中2チームが勝点3。日本は得失点差で及ばなかったが、決して難しいミッションではなかったはずだ。

 今回、日本のグループCで同居したアフリカ王者のセネガル、南米3位のコロンビア、欧州2位のイスラエルはいずれも力がある。誤解を恐れずに言えば、3戦全敗も十分にあり得る組み合わせ。フィジーなど、明らかに力が落ちるチームがいれば、3位で勝ち抜けていたかもしれないが、大会前から簡単な相手ではないのは分かっていた。
 
 覆水盆に返らず。悔やんでも悔やみ切れないのだが、スコア以上に力の差があった事実から目を背けるべきではないだろう。

 代表が発足して456日。過去の先輩たちと比べて、経験値はゼロに等しい。コロナ禍で2021年のU-20とU-17のワールドカップが中止になり、本気の国際舞台を味わっていない。そうした状況を踏まえれば、確かに彼らは国際舞台における逞しさが乏しかったかもしれない。

 昨年2月下旬にチームが立ち上がり、コロナ禍という難しい情勢と戦いながら強化を進めてきた。2度の国内キャンプでは大学生に胸を借り、同年5月に初めて海外遠征を実施。海外に来るのが初の選手もいる状況で、モーリスリベロトーナメント(旧・トゥーロン国際大会)では年上のアルジェリア(1−0)、コモロ(0−0)といったアフリカ勢に引き分けた。

 同世代のコロンビア(1−2)やアルゼンチン(2−3)には1点差で惜しくも敗れたが、海外勢のリーチの長さやパワフルなプレーを実際に体験して現在地を知れた。

“未知との遭遇”を経て、逞しさは確実に増した。同年9月にラオスで行なわれたU-20アジアカップ予選では、悪天候や劣悪なピッチにも負けず、4戦全勝で首位通過。力の差はあったとはいえ、いかなる場面でも動じずに戦い切ったのは成長の証だろう。

 2か月後のスペイン遠征を経て、今年3月に最終予選を兼ねたU-20アジアカップで準決勝に進出。アジアNo1の目標は達成できなかったが、無事にU-20ワールドカップの出場権は手に入れた。

【U-20W杯PHOTO】U-20日本代表、グループステージ3試合を厳選ショットで振り返る!
 歩みを振り返れば、経験を重ねてチーム力は高まっていた。実際にU-20アジアカップではグループステージの最終戦でサウジアラビアに2−0で勝利。状況に応じて複数のシステムを使い分けながら、自分たちの力を最大限発揮できる術も見つけたように感じた。

 しかし、それはあくまでアジアの戦いであり、海外遠征で強豪国に善戦したのも親善試合の話。ワールドカップの戦いは別物で、本気モードの相手は凄まじい迫力があった。

「改めてワールドカップで見せる本気は違う。(1年前に対戦した)コロンビアだって、あんなんじゃなかった。 だから、そこがワールドカップの凄さ」(冨樫剛一監督)

 指揮官の想定を上回る迫力が、今大会で対戦したチームにはあった。1年前にコロンビアと対戦した際、冨樫監督は印象をこう語っていた。

「U-20のワールドカップで、もしかしたらグループで一緒になったりするかもしれない」と前置きしつつ、「始まってすぐの時間帯や浮き球の処理など、色んなところでエラーを起こせば、一瞬でやられてしまう」と口にしている。

 一度味わっていたはずだが、それ以上の圧力を前に屈してしまった。

 実際にプレーした選手たちも、同じようなことを痛感したという。全3試合に先発出場したCB田中隼人(柏)の言葉が、その事実を物語る。

「ワールドカップに出てくる相手は、もっとレベルが高かった。親善試合を色々1年間繰り返してきたけど、ワールドカップになると持っている気持ちも違うし、挑んでくるマインドも違う。そういうマインドを全面に押し出してくる相手に対し、引いてしまったし、僕たちはびっくりしてしまった。正直それはある。

 ワールドカップの舞台でそうなってしまったのはまず問題なんですけど、もっともっと全面に気持ちを押し出せれば、チームの雰囲気も違ったはず。その時にしゅんとなってしまったのは反省点」
 
 特に印象的だったのが、最後のイスラエル戦だ。相手は68分に退場者を出して10人になったが、そこからの巻き返しは凄まじかった。気持ちが切れかかっていたが、75分に同点ゴールを奪うと、そこからは数的不利を感じさせない迫力で攻め込んできた。

「勢いが足りなかった」とは松木の言葉。相手に飲み込まれ、最後はアディショナルタイムに逆転を許した。

 もちろん、スタッフの責任もあるのだろう。勝点に導くような解決策を提示できなかったからだ。冨樫監督は試合から2日経っても、自問自答を繰り返している。

「苦しい時に手を打たなければいけないなかで、打った手が手助けになったのか、どうなのか。3試合を毎日ずっと見ながら振り返って、各試合、本当にそれで良かったのか」

 イスラエル戦の最中、同組のコロンビア対セネガルの試合が行なわれている。終盤まで1−0でセネガルがリードする状況だったが、選手たちにはあえて情報を入れておらず、日本は1−1の状況で2点目を目ざして戦っていた。引き分け狙いの戦術を敷いていれば、また違う展開になっていたのかもしれない。

【PHOTO】U-20ワールドカップを戦ったU-20日本代表の選手たち
 グループステージで敗退した要因はいくつもある。だが、少なくとも“本物の経験”をできなかった点が影響しているのは否めない。とはいえ、経験値という言葉に全てを集約させてしまうのもまた違う。

 イスラエルに敗れた翌日、午前中にリカバリートレーニングをした際に、冨樫監督は自身の体験談を踏まえて話をした。三浦知良(UDオリヴェイレンセ)についてのエピソードである。

 現役時代にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)でプレーしていた冨樫監督は、0−5で敗れた試合の後にチームメイトであるカズの家に泊まらせてもらったという。次の日はゆっくりしようと考えていたそうだが、翌朝5時に起こされた。

「ボールを蹴りに行こう」
「練習に行くぞ」

 勝っても負けても関係ない。サッカー選手として、貪欲に上を目ざす姿勢を見せつけられ、冨樫監督はハッとしたという。昔話をした理由について、指揮官はこう話す。

「あの時点では、突破できるか決まっていなかった。だから、ここで緩ませることもできる。もしかしたら、次の試合を考えていた選手もいるかもしれない。でも、1人のサッカー選手としてどうするかを考えた際、『別に次があろうがなかろうが、カズさんはこうだった』という話をした。

 あの時の自分は逆だったから、ダメだったという話を彼らにしたんです。いまだにカズさんは代表発表の時にドキドキするんだ、そんな選手はいないだろう?って。自分もいろんな選手に携わってきた。代表に選ばれた選手は小さい頃からそうで、本当にサッカーボールを触って生きている。1対1をやって、ボール回しをやって、ミニゲームをやって。そんな環境で僕は育ってきた。

 それが当たり前で、誰かに何かを言われてサッカーをしたこともないし、殴られたこともないし、罰走もさせられたこともない。僕は彼らの育ってきた環境は分からないけど、サッカーをここまで続けている理由はあるという話を最初にしました」
 
 実際に、1年4か月の活動で選手たちは成長した。しかし、どんな状況でも自分に矢印を向けられていたのだろうか。本気で世界と戦うために、やれることをやったのか。悔いはないのか。試合に出られず、腐ったりしていないか。国を懸けた本気の戦いを通じて、選手たちは感じとったものがあるはずだ。

 28日の練習後、数名の選手がスタッフとともにウルグアイ対チュニジアの会場に姿を見せた。このカードの結果次第で3位抜けの可能性が潰えるなか、それぞれ想いを抱えながら試合を見ていたに違いない。結果として、ウルグアイが勝利。日本の敗退が決まった。

 今大会は2001年大会以来となるグループステージ敗退に終わった。世界を勝ち抜くのは簡単ではない。メディアも含め、改めて厳しさを思い知らされた。

 U−20世代にも海外組が増えて期待感もあったが、現実は甘くない。W杯で味わった屈辱が成長の糧になるか否か。強烈な体験はきっと選手たちの財産になる。

取材・文●松尾祐希(サッカーライター)

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