フライブルクのクリスティアン・シュトライヒ監督が今シーズン限りで退任――。この電撃発表はクラブの関係者、選手、ファンに深い悲しみをもたらした。降格の危機にあった2011年12月にトップチームの監督に抜擢された58歳は、それから12年以上もクラブの成長に携わっている。1995年からアカデミーで指導者をしていたので、クラブ在籍歴はほぼ20年だ。

 そんなシュトライヒが自身、そして選手に求め続けてきたのは、常に100パーセントで取り組むこと。日々の積み上げにおいて妥協を許さない。チームとして戦うことをおざなりにしない。それでいてリスペクトの精神を大切にすることを示し続けてきた。そのまっすぐな姿勢と言葉からは、人一倍の“人間らしさ”が感じられる。だから誰からも愛されているのだ。

 メディア向けに粉飾して話したり、本心を見透かされたりしないような発言をする監督が少なくない。ただ、それも不思議ではない。ちょっとした表現で揚げ足を取られ、おかしな見出しをつけられる時代だ。真偽が定かではないコメントを引用して、正しいかどうか精査されることもないままの翻訳記事がアップされることも珍しくない。自身のイメージや評価を正当に守るためなら、用心するに越したことがないのは事実だ。
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 シュトライヒももちろん発言には気をつけている。それでも彼の発言は誰よりもストレートで正直だ。ダメなことはダメと言い、いいことはいいという。当たり前かもしれないが、今の時代、そうした忖度なしのダイレクトなメッセージはとても貴重ではないだろうか。

 例えば、2024年1月13日のブンデスリーガ17節終了後のコメントだ。この日は、フライブルクはホームでウニオン・ベルリンと0−0で引き分けた。その結果、シュトライヒの生涯通算勝点が「500」に到達。ブンデスリーガ監督として歴代7人目の快挙を達成した。

 オットー・レーハーゲル、ユップ・ハインケス、ヘネス・バイスバイラーといった伝説的な指導者のラインナップに名を連ねることになったが、シュトライヒにとってはそうした“数字”に大きな意味はないようだ。

「勝点500? 今日勝利して、勝点502にしなればならなかった。シャイセ!」

 シャイセは英語でいうシット。お行儀のいい言葉ではないし、公の場で使うべき言葉でもない。でも、あまりにストレートな物言いに記者会見場はどっと沸いた。

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 選手一人ひとりに寄り添い、成長をサポートできるようにと気を配る。交代選手がピッチから下がってきたら、ほぼ例外なく抱き寄せて労をねぎらう。うまくいかない試合でフラストレーションを抱える選手がいたら、翌日じっくりと話を聞く。選手からしたら心から信頼できるし、自身を成長へと導いてくれる指揮官だ。感謝の思いは人一倍だろう。

 オーストリア代表のFWミヒャエル・グレゴリチュは辞任表明を受けて「ここで12年間も監督という仕事をやり通した。最大限のリスペクトに値することだ。ここからは可能な限り美しい花道を飾れるかだ。最高のギフトは勝利」とチームの思いを代弁。日本代表のMF堂安律も「彼(監督)がいいシーズンだったと思ってもらえるように」と奮起を誓っている。

 辞任表明後、最初のゲームとなったボルシア・メンヘングラッドバッハ戦では、アウェーながら3−0で快勝。シュトライヒは普段通りにピッチサイドでチームとともに戦っていた。それこそ3点差になっても鋭い視線でチームを観察し、時に大きな声で檄を飛ばしていたほどだ。
 
 軽率なボールロスト後に右サイドからのクロスを許し、際どいヘディングシュートを打たれた71分には、ピッチに侵入する勢いで飛び出して叱責。ピリピリとしたエネルギーを選手も感じ取っていただろう。

「チームが勝ってくれたことがとてもうれしい。(今季)最後の8試合でいくつか勝ちたいと思っていたから。いい終わりを迎えたい。でもそれは思いだけではダメで、パフォーマンスが伴わないといけない。それを今日、チームが見せてくれたのだからうれしいんだよ」

 ボルシアMG戦の勝利でヨーロッパの舞台への道もまた開けてきた。同節の結果により、6位フランクフルトの勝点差は5へと縮まっている。キャプテンのクリスティアン・ギュンターは「順位表の下ではなく上を見て、より大きな目標を持って取り組んでいきたい。ヨーロッパを目標にしなきゃ」と試合後に明言した。

 この日見事なゴールを決めた堂安も“ラストスパート”モードに切り替わっている。

「あと7試合すべて勝つ気持ちでいます。上位との試合がほとんどないので(28節のRBライプツィヒ戦後、上位チームとの対戦がない)。ほとんど下位との対戦なので、チャンスはあるかなと思います」

 稀代の名将に最高の花道を――。チーム、ファン、スタッフが一丸となって、最後の道を駆け抜ける。

取材・文●中野吉之伴