現地時間5月4日(日本時間5月5日)にアメリカ合衆国ケンタッキー州のチャーチルダウンズ競馬場で、「スポーツのなかで最も偉大な2分間」と称されるGIケンタッキーダービー(ダート2000m)が行なわれる。

 日本でもJRAのネット投票で馬券が発売されるこのレースは、今年で150回目を迎える記念開催。そのアニバーサリー競走に、日本から、しかも有力馬の1頭として参戦するのが、デビュー以来5戦5勝のフォーエバーヤング(牡3歳)だ。


ケンタッキーダービーに挑むフォーエバーヤング

「昔から見ていた(アメリカの偉大な)レースに、日本の馬が人気を背負って出走するなんて......。こんな時代がくるとはね」

 同馬を管理する矢作芳人調教師は5月1日の調教を終えたあと、日本から駆けつけた取材陣に対して、そう感慨深げに語った。

「世界の矢作」と呼ばれるように、日本だけでなく、香港、オーストラリア、ドバイ、サウジアラビアなど、世界各地でビッグレースを制している矢作調教師。アメリカでも、2021年に日本人調教師として初めてブリーダーズカップ(BC)のレースを制した。それも、ラヴズオンリーユー(フィリー&メアターフ/芝2200m)、マルシュロレーヌ(ディスタフ/ダート1800m)と2勝も飾ったのである。

 ただし、このケンタッキーダービーに臨むのは、今回が初めてとなる。昨年も管理馬コンティノアールで参戦する予定だったが、脚部不安により、残念ながら直前で回避となってしまった。それだけに、今回にかける思いは一段と強くなっていることだろう。

 そんな矢作調教師の期待を背負うフォーエバーヤング。先にも触れたとおり、現在無傷の5連勝中。デビュー2連勝を飾ったあと、3戦目の地方交流GI、ケンタッキーダービー出走馬選定ポイントレースでもある全日本2歳優駿(12月13日/川崎・ダート1600m)を圧勝して、その後の展望が大きく開かれることになった。

 しかし同時に、新たに整備された国内3歳ダート路線に向かうか、海外挑戦か、その結果によって、陣営は深く頭を悩まされることになった。

 そこで、矢作調教師はオーナーである藤田晋氏ら関係者と協議。そのうえで、実質的に地方競馬の南関東でのステップレースを経由しないと出走が叶わない国内"新ダート三冠"ではなく、ケンタッキーダービーをターゲットとした、海外重賞のサウジダービー(2月24日/キングアブドゥルアジーズ・ダート1600m)、UAEダービー(3月30日/メイダン・ダート1900m)へと向かう海外転戦を選んだ。

 無論、この選択にしても、ケンタッキーダービーの出走馬選定ポイントレースとなるUAEダービーで結果を出してポイントを加算できなければ、最大目標となるケンタッキーダービーへの出走は叶わない。当然のことながら、UAEダービーの結果によって、その夢を諦めることになっても、国内"新ダート三冠"への出走はほぼ無理な状況。まさしく背水の陣とも言える選択だった。

 しかし、そうした厳しい条件も、フォーエバーヤングは難なくクリア。中東での2戦で見事に連勝を飾った。とりわけUAEダービーでは、これまでの後方追走策から一転、積極的に位置を取りにいく競馬での完勝劇を披露して見せた。矢作調教師が振り返る。

「あれはもちろん、ケンタッキーダービーを意識してのものでした。状態自体、サウジでは今ひとつだったのが、ドバイでは上がっていたので、自信を持って臨めた、というのはあります」

 そうして、いよいよ迎える大一番のケンタッキーダービー。だが、本番を目前にした矢作調教師の表情からはいつもの強気が見えない。声のトーンを落として、こう語る。

「苦手なキックバックへの対策もしっかりしていますが、ケンタッキーダービーでも(UAEダービーで見せた)あの競馬ができるかというと、そう簡単なものじゃない。そのことは十分にわかっています。

 あと、輸送の都合で(レース後に)10日ほど、ドバイでの滞在となってしまった。もう少し早くこちらに入って、疲れを取りながら状態を上げていきたかった、というのが正直なところ。

(ここまでの海外転戦においても)やはり長距離輸送があって、そのなかで結果も求められて......というのは、簡単ではなかった」

 それでも、矢作調教師は笑顔を浮かべ、前向きな姿勢も見せた。

「(最近は)いろいろと便利になったおかげで、日本からでも(フォーエバーヤングの)調教のライブ映像が見ることができた。その様子を毎日確認しながら、現地と連絡を取り合って調整を進めることができました。ここから、当日までに状態をピークに持っていきたい」

 となれば、フォーエバーヤングの快挙達成への期待も膨らむが、そこはアメリカ競馬最高峰の一戦である。万全を期したとしても、容易に勝てるものではない。

 実際、現地の参考オッスでフォーエバーヤングは4番人気。同馬より高い評価を受ける面々を含めて、強力なライバルがズラリとそろう。

 そのうち、1番人気に推されているのはフィアースネス(牡3歳)。戦績は5戦3勝と際立ったものではないが、昨秋のGIBCジュベナイル(サンタアニタパーク・ダート1700m)で、後続に6馬身4分の1差をつけて圧勝。前走のGIフロリダダービー(ガルフストリームパーク・ダート1800m)でも、2着に13馬身半もの差をつけてぶっちぎりの勝利を飾っている。

 ただ一方で、負けるときは意外とあっさりしたもので、強さと脆さの振り幅が大きい馬。フォーエバーヤングにも付け入る隙はありそうだが、同馬を管理するトッド・プレッチャー調教師は戴冠への自信をうかがわせる。

「負けたレースは、いずれもスタート直後に不利を受けたもの。特に2歳時のGIシャンペンS(アケダクト・ダート1600m)でのブービー負けは、最後はもう流していたので、度外視していいレース。そして、今回は16番枠。インの様子を見ながら先行できるのは悪くない」

 このフィアースネスと人気を分け合っているのが、今年に入って2連勝中の2番人気シエラレオーネ(牡3歳)。通算戦績は4戦3勝、2着1回。前走では今回と同じケンタッキー州のGIブルーグラスS(キーンランド・ダート1800m)で、鋭い末脚を繰り出して快勝した。

 同馬を管理するチャド・ブラウン調教師は、日本からの参戦馬を警戒しつつ、レースへ向けての抱負をこう語った。

「負けたレースは集中力を欠いていました。今年からブリンカーを使ったら、効果が出ています。今回も楽しみ。

 とはいえ、3年前のBCでは、日本の馬に2度も勝ちを阻まれました。あれ以来、日本の馬の強さは身に染みてわかっています」

 そして、最後にピックアップしたいのは、プレッチャー調教師とブラウン調教師が「追い切りの動きがすばらしい」と口をそろえた不気味な存在だ。日本から挑戦するもう1頭の、テーオーパスワード(牡3歳)である。

 戦績は2戦2勝。今回は、目下3年連続でカナダのリーディングジョッキーに輝いている木村和士騎手が手綱をとる。

「4月29日からこちらに入って、調教に跨らせてもらっています。初日は、横っ飛びしたり、キョロキョロしたりと落ちつかない様子でしたが、30日の追い切りでは集中した走りで、好タイムも出て、すばらしい動きでした。これは『ひょっとしたら......』と思っています」(木村騎手)

 はたして、歴史的な偉業は成し遂げられるのか。近年の日本調教馬のダート界での活躍を鑑みれば、フォーエバーヤングにしろ、テーオーパスワードにしろ、大仕事をやってのけても不思議ではない。

著者:土屋真光●取材・文 text&photo by Tsuchiya Masamitsu