チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝。第1戦のアーセナル対バイエルン・ミュンヘンは2−2、レアル・マドリード対マンチェスター・シティは3−3だった。ともに接戦、撃ち合いの好試合だった。しかし、その流れは第2戦には引き継がれなかった。得点がなかなか入らない、ともに重厚感溢れる息苦しい展開になった。

 まずバイエルン対アーセナル。スコアどおりの接戦だった第1戦と、内容的には変わりはなかった。ここまで拮抗した試合も世の中にそう多くないと言いたくなる、珍しい展開となった。

 日本人にとって喜ばしかった点は、冨安健洋が先発を飾ったことだ。ポジションは左サイドバック(SB)。オレクサンドル・ジンチェンコ(ウクライナ代表)、ヤクブ・キビウォル(ポーランド代表)という選択肢もあったが、ミケル・アルテタ監督は今季一番のこの一戦に、故障から復帰したばかりの冨安を起用した。その信頼の程がうかがい知れる。

 だが、相手のバイエルンは立ち上がりから意図的に冨安のサイドを突いてきた。4分、16分とピンチを招く。だが、そこでSBがベッタリと左の低い位置に停滞しないのがアーセナルのサッカーだ。マイボールに転じるや冨安は4バックの一角からポジションを1列上げ、MF然と構えた。

 SBをいかに活躍させるか。「SBが活躍したほうが勝つ」とは、欧州の指導者からよく耳にする台詞だが、SBをMF然とプレーさせる発想を最初に実践したのは、皮肉にもバイエルンだった。ドイツ代表の元主将、フィリップ・ラームをMF化させるスタイルは話題を呼んだ。バイエルンで当時指揮を執っていた監督はジョゼップ・グアルディオラ。現マンチェスター・シティの監督である。

 バイエルン発祥の先進的サッカーを象徴する役割を担う冨安。前半29分にはバイエルンのゴール前で、惜しいシュートシーンにも絡んでいる。森保ジャパンではお目にかかれそうもない光景である。


バイエルン戦に先発、冨安健洋、後半41分までプレーした冨安健洋 photo by REX/AFLO

 CLの準々決勝を戦った日本人選手は過去に5人(岡崎慎司/レスター、香川慎司/マンチェスター・ユナイテッドとドルトムント、本田圭佑/CSKAモスクワ、内田篤人/シャルケ、長友佑都/インテル)いた。冨安は6人の目の選手となったわけだが、だが準決勝進出者となると内田ひとりで、決勝進出者はゼロになる。

【消えた日本人選手決勝進出の夢】

 アーセナルはマンチェスター・シティに次ぐ2番人気というブックメーカー各社のオッズを見れば、CL決勝を戦う初の日本人選手誕生かとの期待が高まるのは当然だった。

 しかし、アーセナルは後半18分に奪われた先制弾を、合計スコア3−2とする決勝弾とされてしまった。バイエルンの右ウイング、レロイ・サネ(ドイツ代表)にボールが渡ったとき、左ウイングのガブリエウ・マルティネッリ(ブラジル代表)は後手を踏み、冨安はマルティネッリをアテにしたのか、後方に下がって構えた。

 左ウイングと左SBの間隙を突く恰好となったサネは、ゴールライン際まで持ち込むと中央にクロスを送る。それが逆サイドに流れると、今度は左ウイングのラファエル・ゲレイロ(ポルトガル代表)が折り返す。これを中央に飛び込んだ右SBヨシュア・キミッヒ(ドイツ代表)が頭で決め、バイエルンは勝利を飾った。左SB冨安の動きで可変するアーセナルのシステムを研究したかのようなバイエルンの右攻めだった。

 こうして日本人選手のCL決勝進出は夢と消えた。

 一方のマンチェスター・シティ対レアル・マドリードは延長戦に及んだ。レアル・マドリードが前半12分、ロドリゴ(ブラジル代表)のゴールで先制すれば、マンチェスター・シティが後半31分、ケヴィン・デ・ブライネ(ベルギー代表)のゴールで追いつくという展開。延長にもつれ込み、最後はPK戦での決着となった。

 PK戦を制したのはレアル・マドリード。試合展開から言えば、まさかの結果である。

 試合は時間の経過とともに、マンチェスター・シティの一方的なペースとなっていった。後半31分の同点弾は遅すぎるほどで、そこから延長戦にかけて、攻撃のペースはさらに加速していった。

 だが、マンチェスター・シティは決勝ゴールを奪うことができなかった。敗者に悪いところは何もなかった。最大の原因は運のなさ。サッカーの神様の意地悪で片づけたくなるような一戦だった。

【レアルに見るクラブとしての底力】

 この両チームは一昨季と昨季、CL準決勝で対戦している。一昨季は合計スコア6−5でレアル・マドリード、昨季は合計スコア5−1でマンチェスター・シティが勝利した。今季の戦いが近かったのは、レアル・マドリードがしぶとさと粘り腰で劣勢をものにした一昨季の戦いぶりだ。

 UEFAのデータによれば、この第2戦のボール支配率はマンチェスター・シティ64%対レアル・マドリード36%。シュート数は34対8で、枠内シュートは11対3の関係だった。

 ただし、レアル・マドリードはヘロヘロになりながら耐えていたわけではない。むしろ逞しく見えた。思い出したのはかつてのイタリアサッカーだ。

 欧州のある評論家はかつて筆者にこう語った。

「イタリアの選手はマイボール時より相手ボール時のほうが、生き生きと楽しそうにプレーしている」

 その言葉はイタリア人の名将、カルロ・アンチェロッティ率いるレアル・マドリードの各選手に完全に合致した。強かった頃のイタリアサッカーをレアル・マドリードに見た気がした。

 言い換えれば、相手にボールを奪われても、まったく落胆しないサッカーである。かつて筆者に、マイボール時も相手ボール時も同じ精神状態でプレーすることの重要性を説いたのは、フアン・マヌエル・リージョ(元ヴィッセル神戸監督)。サッカーの主役はボール。「ボールと共鳴するようにプレーすることが試合に勝つ近道だ」と述べていた。

 現在リージョが参謀コーチを務めているマンチェスター・シティの選手が、ボールと共鳴していなかったというつもりはないが、レアル・マドリードのほうがその点ではわずかに上回っていたように筆者には見えた。

 2連覇を狙うディフェンディングチャンピオンとチャレンジャーというお互いの立ち位置が、その差となって現れたと見る。チャレンジャーでありながら、レアル・マドリードはCL優勝最多の14回を数える、欧州サッカー界にあって断トツの名門クラブでもある。その鬼気迫る守備ぶりに、クラブとしての底力を見た気がする。

 準決勝のカードはバイエルン対レアル・マドリード。ドルトムント対パリ・サンジェルマンに決まった。

 内訳はドイツ2チーム、スペイン、フランス各1チームとなる。ちなみにイングランド勢がベスト4に1チームも残らなかったのは、特殊なスケジュールで行なわれたコロナ禍の2019−20シーズン以来、4シーズンぶりの出来事になる。ヨーロッパリーグもかなり厳しい状況にあり、2023−24はプレミアリーグ勢の受難のシーズンとして記憶されそうだ。

著者:杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki