東京都が児童生徒や保護者の悩みを聞いて支援するスクールカウンセラー250人を「雇い止め」にした問題で、スクールカウンセラーとして16年間勤めた就職氷河期世代の男性(49)は、本サイトに雇い止めに遭ったことを明かした。「自分たちの世代は、また切り捨てられるのか」と割り切れぬ思いを吐露。保護者からも、経験豊富な相談先を失いかねない状況に不安の声が上がる。

男性が受け取った不合格通知書。この下に「選考結果に関する内容についての問合せにはお答えすることができません。」と書かれていた(男性提供、一部加工)


計11校のキャリア 昨年度も2校

 男性は1月下旬に郵送された封筒が例年より薄くて嫌な予感がした。開封すると「選考の結果、残念ながら不合格となりました」と書かれていた。家のローンや親の介護費、子どもの教育費、生活費を4月からどうしたら良いのか。「目の前が真っ暗になった」と振り返る。男性は今回雇い止めに遭った250人のうちの1人だが、次の仕事を探すことに専念したいと撤回の求めは行っていない。

 公募試験に落ちるとは思っていなかった。16年間で計11校の小中学校と高校で働き、2023年度も2校を任されていたからだ。

 これまでは原則6年間は同じ学校で勤務できたため、後半の2年間で後任に引き継げるように意識して動くことができた。しかし今回、いきなり2カ月後の雇い止めを通告され、担当する子どもたちのケアもままならない。

4月以降の東京都スクールカウンセラーの職を失った就職氷河期世代の男性=東京都内で


40・50代を犠牲にしていいのか

 男性はバブル経済崩壊の影響で新卒就職が厳しかった就職氷河期世代だ。子どもと関わる心理職に就きたくて正規職を探したが、非正規しか選択肢はなかった。

 東京都のスクールカウンセラーに就職し、更新を重ねることで結婚でき、子どもも生まれて「自分の人生を進めた」と感じた。「都に就職するまでは結婚や家族をもつことを考える余裕がなかった」。だが、今回文書1枚で雇用が切られた。

 労働組合「心理職ユニオン)」(東京都豊島区)が実施した調査(回答数728人)では、補欠に当たる「補充任用」や不合格だった人の割合が40代は21.5%、50代は32.6%と20代以下の16.7%より高かった。調査結果を知った男性は「公正に審査して経験年数が長い人が若い世代より本当にダメだったのか」と選考基準に疑念を抱く。

※「その他」に含まれるのは、採用されたが諸事情により辞退した人や、日程が合わなかったため試験を受けられなかった人など


 男性は、若い世代のために雇用の機会をつくることは必要だと感じているが、「現役の40、50代を犠牲にしたことに憤りを感じる」。「非正規でも家族はいるし、生活して人生を歩んでいる。職員を大事にするなら、数カ月前に切ることはしない」と話した。

「首切りで尊厳を踏みにじられた」

 同じく就職氷河期世代の女性(52)は試験の結果、補欠だった。「損な世代。不景気のあおりを受けて親の住宅ローンを支払った。人生設計も立てられず、他の世代より社会の支援を受けられていないと感じる」と話す。

 1月下旬に雇い止めに遭ったが、3月25日になって繰り上げでの採用の通知を受け取った。2023年度に担当した学校とは別の学校への配属だった。熟考の末、辞退した。「本当は、もう一度頑張りたかった。でも1月の首切りで尊厳を踏みにじられ、経済的にも精神的にもダメージが大きかった」と話す。

保護者も不安「同じ人に相談を」

 経験を積み重ねたスクールカウンセラーの雇い止めには保護者も不安を感じている。都内の会社員の女性(45)は、月に1回相談しているスクールカウンセラーが4月も勤務するかを学校から知らされていない。「子どもが卒業するまではせめて同じ人に相談できるようにしてほしい」と話す。

 中学生の長男は、注意欠陥多動性障害(ADHD)と自閉症スペクトラム障害(ASD)の特性から、特定の同級生に授業中ちょっかいを出していた。女性がスクールカウンセラーに相談すると「環境調整をした方が良いから、席替えを担任に提案しましょう」との解決策を示した。席替えで長男は落ち着き、授業を中断しなくなった。

 「担任の先生には『求めすぎかも』と思って言えないことでも、すくいとって解決方法を一緒に探ってくれる存在」と話す。月に1回の面談が女性の精神的な支えだ。

 3月の面談でスクールカウンセラーから「この学校で継続できるかわからないので、始業式後に学校に電話して予約をしてほしい」と言われた。新しい人に代わったら長男のことを一から説明すると思うと気が重い。「息子の成長を見守ってくれるパートナーを失うことに等しくて不安」と話した。

撤回要求18人中「補欠」の8人だけに採用通知

 東京都がスクールカウンセラー250人を「雇い止め」にした問題で、労働組合を通じ、雇い止めの撤回を求めた18人のうち8人に4月からの採用(任用)通知が届いたことが分かった。ただ、10人については撤回されず、労組側は交渉を続けるとしている。


総務省の担当者に要請書を手渡す心理職ユニオン幹部(左)


心理職ユニオンが要請書

 心理職らでつくる労働組合「心理職ユニオン」(東京都豊島区)によると、撤回を求めていた組合員は、昨年行われたスクールカウンセラーの公募試験で補欠(補充任用)となった8人と不合格だった10人の計18人。

 心理職ユニオンは、昨年の公募試験は面接の選考基準が明確ではないなどと主張。雇い止めの撤回などを求め東京都教育委員会と団体交渉をしてきたところ、3月25日になって、補欠だった8人に、採用するとの通知が届いた。

 東京都教育庁指導企画課の福田忠春主任指導主事は「選考の結果に基づいて(合格者の中から)辞退者が出ると補充任用の方に順次お声がけをしている。不合格者には任用の通知は送っていない」と述べた。

 ユニオンに加入する都スクールカウンセラー5人は3月28日、非正規公務員の人事制度を管轄する総務省などの担当者と都内で面会し、要請書を提出。無期雇用で働ける短時間公務員制度の創設や、勤務実績を加味した採用を自治体に促す通知を新たに出すよう求めた。

東京都スクールカウンセラーの「雇い止め」問題

 非正規公務員の新しい人事制度が2020年度に導入されたことを受け、2019年度以前から勤務していた人が24年度に契約更新して働くためには公募試験に合格しなければならなくなった。東京都教育委員会によると、契約更新のため試験を受けたのは1096人。補欠に当たる補充任用や不合格で24年度に採用されない「雇い止め」は250人に上った。新規応募者783人のうち合格者は441人。


元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年3月31日