去年10月7日以降、これまでにない規模で多くの市民の犠牲者が出ているパレスチナ・ガザ地区。このパレスチナをたった1人で訪れ、ニュースやSNSだけでは分からない、「そこに生まれ生きている人たちの日常」を撮影し映画を制作した男性が仙台にいます。パレスチナの現実を目の当たりにして感じた思いとは。

「日常があるパレスチナ」を伝えたい

アートインクルージョン代表理事 門脇篤さん:
「パレスチナと言えば、世界で最も有名な紛争地。いつミサイルが降ってくるかわからないとか、テロに巻き込まれるとか、危険な場所の代名詞になっていて。
それは今回のガザのことでますますそうなっているわけですが、名前があって家族がいる普通の人たちが、それぞれの日常を暮らしているという当然のことを、ぶらっと行ってみたら目の当たりにした、みたいなことを伝えられたらいいなと思い、作りました」

アートインクルージョン代表理事 門脇篤さん

2022年12月。ふと思い立ってパレスチナを旅し、行く先々で出会った人たちとの出来事を綴ったドキュメンタリー映画「パレスチナ・レポート」を制作した男性がいます。

映画「パレスチナ・レポート」

仙台の一般社団法人アートインクルージョン代表理事を務める、門脇篤さん(55)。現代アーティストとして、地域と一緒になって取り組むアートプロジェクトに参加し、東日本大震災後は、アートによる震災の伝承やコミュニティ再生に取り組む活動を続けています。

門脇篤さん:
「いろんなところで、いろんな活動をしていますが、常に専門技術も知識ももたない素人として活動しています。映像制作も数年前から自己流でやっているものです。ドキュメンタリーでは、パレスチナで出会った人との時間がただただ綴られているだけで、専門的な話も複雑な背景も描かれません。地図ひとつ出て来ないのですが、見た方々からは、『わかりやすい』と言われます」

パレスチナ問題で思い込みがあった

門脇さんは地元仙台の高校を卒業後、東京外国語大学に入学。アラビア語を専攻しましたが、「アラビア語は全然上達しなかった」と振り返ります。“パレスチナ問題”のゼミに所属しますが、あまり熱心に参加することはありませんでした。そこで長年、現地に赴くことにためらっていたと言います。

門脇篤さん:
「学生のとき、エジプトには行ったんですが、パレスチナは行っちゃいけないような気がしていたんですね。社会課題に向き合うような、ちゃんと志のある人じゃないと行っちゃいけないような。東日本大震災の時、被災地へ行くのは復興ボランティアであって、好奇心だけで行っちゃいけないみたいなのに似ているかもしれません。ずっと自分には関わる資格はないような気がしていました。

しかし、門脇さんの内面で変化が起きました。

2023年7月 インドネシアでのアート活動

門脇篤さん:
「でも、もういい年齢ですし、『もういいかな』って。アートとか表現活動とかいうと、特別な才能を持っている人だけができるものみたいな印象があるけれど、そうではなく、誰もがそれをする権利があるし、そもそも一握りの『特別なもの』よりも、無数にある『普通のもの』とされている営みやあり方の方がおもしろいと思ってやってきました。それなのに、“パレスチナ問題はちゃんとした人じゃないと関わっちゃいけない”という思い込みは、自分がこれまでやってきた姿勢と矛盾している。それで(大学卒業から)30年近く経って、行ってみようと決めたんです。思いつきですね」

ノープランで向かったパレスチナ

ほとんどノープランで向かった、パレスチナ。スイスを経由してまずイスラエルに入り、テレアビブの空港からパレスチナ域内へ。取材のベースとなる拠点に選んだのは、ベツレヘムでした。

ベツレヘムの壁

門脇篤さん:
「行く前にどこをベースにしようかと思った時に、ベツレヘムがいいなと思って。観光地で入りやすそうだし。エルサレムから行くと、壁の外で降ろされて、検問所を通ってベツレヘムに入るとネットで読んでいたんですが、若者たちが『あなたも今からベツレヘム?このバスに乗ればいいんだよ』と話しかけてくれて。一緒にバスに乗ったら、検問もなくいつの間にかベツレヘムに。
逆にパレスチナからイスラエル領内に入る時は、検問があってパレスチナ人は全部外に出されてチェックされていました。我々外国人は外には出されませんでしたが、銃を持った兵士たちに車内でパスポートのチェックを受けました」

映画の登場するサラさん

門脇さんが制作した映画、「パレスチナ・レポート」では、現地をナビゲートするパレスチナ人のサラさんという男性が度々登場します。案内しながら、サラさんは自らの経験を元にイスラエルの建国以降続く占領による生き辛さも話します。

(映画シーンより一部)
サラさん:
「丘の上にあるのがイスラエルのチェックポイント。向こう側もパレスチナ自治
区内だからイスラエルに入るためのものじゃない。パレスチナ人の生活をコントロールして自治区内の他の町に行きにくくするためだけにある」

観光ガイドのサラさん

門脇篤さん:
「サラさんはポーランドへの留学を機に観光を学んで観光業を始めた人です。パ
レスチナ人も他国の政府や団体からレターとビザを発効されれば国外へ行けるそうです。
でも考えてみれば、パレスチナ自治区の住民なのに国外に出るのにイスラエル政府の許可が必要という方がおかしいわけで、『どんなおかしなことがあっても、ここなら変とも思えない』みたいな感覚に陥っているんですよね。その一方で、じゃあ非日常の毎日かと言えば、もちろん人間らしい日常があるわけです。その辺のちぐはぐさ、落差には本当に驚かされました」

浮かび上がる“非日常の中の日常”

現地に行って初めて感じた“非日常の中の日常”。様々な規制や不均衡がある中で、門脇さんは、共に生きることを実践している人達にもカメラを向けました。

ガリラヤ地方(現イスラエル)でアラブ・パレスチナ系の住民とユダヤ系の住民が共同で運営しながらオリーブオイルの生産を行う団体でした。

(映画シーンより一部)
ガリラヤのシンディアナ共同代表 ナディアさん:
「私たちは自分の側からのみものを見ようとします。身近に暮らす人のこともあまりよく知りません。でも、関係性を作るには声をかけないと。目の前にいるのはユダヤでもアラブでもない、1人の人間なのですから」

シンディアナ共同代表 ナディアさん

互いの人権を尊重し、共に働くことでお互いの理解を深めていけると行動するシンディアナの人達、行く先々で出会ったパレスチナに暮らす人達の声。様々な人にカメラを向け、1人1人と話をしていく中で、門脇さんの心に芽生えたのはー。

門脇さんが気づかされたこと

現地に行く前と、パレスチナ、イスラエルのイメージは変わったのでしょうか。

門脇篤さん:
「友達ができたので、どこか遠くの出来事ではなく、自分事になりました。でも
、その接点は何も友達とまでいかなくても、もしかしたらオリーブオイルでも良いのかもしれません。自分が美味しいと思うもの、気に入ったもの、それが作られている地域のことは、自分に関わる事として具体的に感じられるんじゃないでしょうか。逆にそういった自分との接点がなければ、それが自分にもつながる事柄なんだと想像するのは難しいですよね」

シンディアナでのオリーブオイルのテイスティング

私たちの身近な例で、門脇さんは「いじめ」をあげました。

門脇篤さん:
「例えば、いじめがある、と聞いて『大変だなぁ』で終わってしまうものも、知り合いが関わっていれば、話は全然違うわけです。
世界で起こっていること全てに思いを寄せるなんて不可能ですが、実はそれらはひとつひとつ別個の問題ではなく、自分のそばにもある、つながった問題なのではないでしょうか。
パレスチナでずっと行われているのは、とんでもない人権侵害なわけですが、では私たちの周りでは人権がしっかり守られているのでしょうか。遠くの問題にため息をつくのではなく、自分の身の周りに目を向けることが、自分にできる確かなことなんじゃないかと気づかされます」

現地では、元イスラエル兵がガイドする「告発ツアー」にも参加し、イスラエル人との交流も印象に残ったと話す門脇さん。

門脇篤さん:
「“パレスチナ・レポート”を作ったので、次は“イスラエル・レポート”を作りたい
と思っています。どちらか一方ではなく、このどちらもが対等であることが何より大切なわけで、だとすればどちらか一方からの視点ではいけないなと思うからです」

※ドキュメンタリー映画「パレスチナ・レポート」(2023年制作)は現在非公開。
各地で上映したい人がいれば、ぜひ上映の機会を設けたいと門脇さんは話しています。