大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。前回に引き続き、ステフィ・グラフを取り上げよう。

 1987年の全仏オープン、グラフ対ナブラチロワの決勝は最後まで予断を許さぬ壮絶な一戦となった。第1セットはグラフが6−4で取り、第2セットはナブラチロワが6−4と取り返し、第3セットを3−5とリードされていたグラフが5オールとイーブンに持ち込んだ。動じる素振りすら見せない17歳のグラフと動揺を隠せない女子テニス界に君臨するナブラチロワ。この先どんな展開が待ち受けているのだろうか。

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 見た目以上に強さを感じさせるプレーヤーがいる。いざ実戦になると、強さが際立ってくるといったタイプ――。グラフはそんなプレーヤーだ。その背景には強初な精神力がある。持って生まれた意志の強さが、土壇場になればなるほどプラスアルファを生み出す。

 一方、ナブラチロワは見た目通りの強さを誇るプレーヤーである。切れの良いサービスやボレーが強さの証明であって、プラスアルファなど必要としない。自分の実力さえ発揮できれば勝てるのである。
  その両者は第1セットのはじめから激しい闘いを繰り広げてきた。ショットの切れ味ではナブラチロワの方が上回っており、本来ならナブラチロワが楽にストレートで勝てた試合だったかもしれない。しかし、注意深く試合の内容を追っていくと、そこにはグラフのしたたかさが浮き彫りにされてくる。

 この試合で、長い打ち合いにもつれこんだポイントは、ことごとくグラフが取っていた。これが、ナブラチロワの疲れを倍加させる原因となった。

 同じ1ポイントでも、あっさり取られたポイントと、粘りに粘った末落としたポイントとでは、受けるショックが全然違う。要所要所の打ち合いに敗れたナブラチロワは、見た目以上に精神的にも肉体的にも疲れていたのである。まるでジワリジワリとボディーブローを受けていたようなものだ。

 第3セット5−3とリードしながら余裕がなかったのも、そのせいだった。そして、5オールとなった今、ナブラチロワの焦りはさらに大きくなった。その後、お互いにサービスゲームをキープし合って6−6となった。第3セットはタイブレークがない。どちらかが2セットアップするまで行なわれる。
 グランドスラム大会初優勝が決まった

 グラフは、グランドスラム大会初優勝に向けて、とっておきのプラスアルファを引き出す時を迎えた。準決勝のサバチーニ戦でも、第3セット3−5の劣勢から大逆転勝ちを演じている。サバチーニが「勝てそうだ」と気を抜いたところを捉えて、自らのハードヒットで情勢を一変させたのである。

 しかし、今度はハードヒットはいらないと考えた。あえて冒険に出るよりも、今自分に傾きかけている流れに身をまかせてみようとしたのだった。状況に応じたプレーができるグラフは、もう10年選手のような老獪さも身に付けていた。

 グラフの選択は正しかった。ていねいにボールをつなげるグラフに対して、ナブラチロワはつまらないミスを重ねていった。特に2本の凡ミスが致命傷になった。

 1本目は、6オールのイーブンで迎えた第13ゲームのゲームポイント。ここで、グラフが放った甘いパスをナブラチロワはボレーミスしてしまった。ビギナーでも決められそうなくらいやさしいボレーだっただけに、ナブラチロワの受けたショックは大きかった。
  そして、極め付けは、グラフが7−6とリードしたあとの第14ゲーム。アプローチショットをミスして30−40とマッチポイントを取られたナブラチロワは、なんとか挽回しようと渾身の力を込めてサービスを放った。ところが結果は痛恨のダブルフォールト。この瞬間、グラフのグランドスラム大会初優勝が決まった。

「信じられない」といった表情で目頭に手を当てるグラフ。コートサイドのベンチに戻っても、タオルを頭からすっぽりかぶって、感涙にむせんでいた。それにしても、あっけない幕切れだった。経験も実績も比較にならないほど豊富なナブラチロワを自滅に追い込むとは、まさにグラフは“恐るべき17歳”である。

 かつて、テレビ画面を前にして、何度も挑んだナブラチロワとのシミュレーション・マッチにグラフはまるで勝てなかった。しかし、大観衆を前にした正真正銘の本番で、グラフは自分のテニスを守り通してナブラチロワを破った。実戦に強いプレーヤーとは、彼女のようなタイプを言うのだろう。

「ナブラチロワやエバートが健在のうちにナンバーワンになりたい」と口癖のように言っていたグラフ。その夢はついにかなった。女子テニス界は久しぶりに優秀な“後継者”を得たのである。

文●立原修造
※スマッシュ1987年11月号から抜粋・再編集
(この原稿が書かれた当時と現在では社会情勢等が異なる部分もあります)

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