男子テニス(ATP)ランキング史上、初めてトップ10から片手打ちバックハンドが姿を消してから、3週目に突入した。

“片手バックハンドランキング”最上位は11位のステファノ・チチパス(ギリシャ)で、グリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)が13位でそれを追う。トップ100の片手バックは、11名。最年少は、3月3日に22歳の誕生日を迎えたばかりのロレンツォ・ムゼッティ(イタリア)で、現在26位に付けている。なおトップ100の片手バックは、チチパスを筆頭に25歳がボリューム層だ。

 この、20代半ばの片手勢に圧倒的な影響を及ぼしたのが、ロジャー・フェデラー(スイス)なのは間違いない。チチパスは幼少期から、フェデラーに憧れ、そのプレーを目に焼き付けてきたと言った。

 ただテニスを始めた頃のチチパスは、日によって、片手と両手のいずれでもバックハンドを打っていたという。そして彼が8歳か9歳になった時、当時のコーチが彼に言った。

「君ももう、良い年齢だ。どっちかに決めなさい」……と。

 果たして決断を迫られたチチパス少年は、悩み、父にも相談し、そして最終的には、自分の直感に委ねることにした。

「コーチに言われた次の日は、両手で打ってみた。次の日は片手にした。そしてその時以来、僕はずっと片手で打っている。両手打ちの自分をイメージした時に、あまり格好良いと思えなかったんだ」

 それが、昨年末にチチパスが明かした片手選択の理由だ。
  現在はゲカでランキングを落としてはいるが、最高位10位のデニス・シャポバロフ(カナダ)も、フェデラーと自分を重ねて片手打ちになった一人である。重いラケットを両手で握っていた幼いシャポバロフに、コーチでもある両親が「片手で打ってごらん」と進言したのは、彼が6歳の日。

「それを聞いて『ロジャーみたいに打つってこと?』って興奮したし、そこからはずっと片手打ちなんだ」

 数年前にシャポバロフは、そんな“始まりの時”を満面の笑みで回想してくれた。
  かくして、“芸術品”と称賛されたフェデラーのプレーを真似た少年たちの中から、後のトップ10プレーヤーが誕生する。ただ換言すれば、フェデラーが時計の針の進みを遅らせはしたが、片手バックの減少は、時代の趨勢にして必然と言えるかもしれない。

 10歳の頃から「プチ・モーツァルト」と呼ばれるほどにテニスの神に愛でられたリシャール・ガスケ(フランス)も、片手バックをトレードマークとする一人。その彼も今年1月末についに、19年守り続けたトップ100から外れた。

 37歳を迎えたかつての神童は、「今の時代、多くの選手が両手で非常にパワフルなショットを打つ。35歳より上の世代には片手打ちも多いが、若い世代は少ない。よりフラットで、よりパワフルに打つ方向に向かっている」と、幾分の哀愁漂わせ現状を語った。

 トップ10から片手バックが消えた翌週開催のカタール・オープンでは、ガスケは2回戦で敗れ、ムゼッティは初戦で、強風のなかジャン・ジジェン(中国)の強打に打ち砕かれる。

「こういう天候の日は、両手打ちの方が安定する。相手が片手打ちだと、自信が持てる」試合後に、ジャン・ジジェンはそう言い笑みを広げた。
  全米オープン開催中の昨年9月、『NYタイムズ』紙に「片手打ちバックハンドは絶滅の一途をたどっている」と題された記事が掲載された。記事の中では、USTA(全米テニス協会)の“男子選手育成プログラム”主任コーチの「才能ある若手には、片手バックはやめるように助言している」とのコメントが掲載されている。

「今のご時世、片手バックで生き残るのは、ほぼ不可能だ。この先10年、どんどん減少するだろう」

 それが、現場指導者の合理的選択だ。

 ガスケは、「片手打ちは残ってほしい。テクニカルだし美しいから」と切なる願いを口にした。ただ、現34位のクリストファー・ユーバンク(アメリカ)は、「今の状況を知っていたら、片手打ちにはしなかった」と率直に明かしている。

 ユーバンクが、フェデラーの優雅さに魅せられ従来の両手から片手打ちに変えたのは、13歳の時。大学卒業を経てブレークした遅咲きの27歳にとって、両手で打ち続けていれば……は、時おり自分に問いかける「if」なのかもしれない。
  40年近くを遡ったある日、そんな嘆きを口にした、未完の大器がいたという。

 それは、元世界1位のアンドレ・アガシ(アメリカ)の兄。アンドレ同様に幼少期から父にテニスを仕込まれたフィル・アガシのバックハンドは、片手打ちだった。

 選手としては大きな成功をつかめず、やがて、若くして頭角を現した弟のコーチとして下部大会を転々とした兄。そんなフィルは国内の大会会場で、弟と同じ年ごろの少年の練習を見ながら、ふとつぶやいたという。

「彼はダメだな。バックハンドが片手打ちでは大成しない。才能があるのに、可哀そうに……」

 そんなフィルの言葉を聞き、アガシは「きっと兄は、自分をその少年に重ねているんだろうな」と思ったと、自叙伝で明かしている。
  なお、その時の片手打ちの少年については、「誰だったかな? 確かギリシャ系の、なんちゃらサンプラスという名だったと思う」と明かすオチがついている。

 その後、世界1位となったピート・サンプラス(アメリカ)に憧れたのがフェデラーであり、フェデラーに憧れた少年たちが、絶滅危惧種となりかけている片手打ちバックハンドの今を支えている。

 利き手一本でつないだこの系譜は、果たして継承されていくのか? あるいは、USTAのコーチが予見するように、現状に拍車が掛かるのか?

 22歳のヤニック・シナー(イタリア)の全豪オープン優勝で幕を開け、“世代交代”の気配が例年以上に色濃くなりだした今シーズンは、プレースタイルにおいても、一つの転換期になりそうだ。

文●内田暁

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