2017、18年シーズン、西武ライオンズのエースとして君臨した菊池雄星選手(ブルージェイズ)と「エースとは何か」の論議を重ねたことがある。

 2016年オフに尊敬する岸孝之が楽天へ移籍して、その座を譲り受ける形になった菊池は「エースになるために必要なこと」を自分の中でモノにしようとしていたのだ。その最初の頃に重要ポイントとして語ったのが「勝負どころ」だった。試合に勝っても負けても、登板のたびに、「今日の勝負所」を語り合った。そうしていくうち、彼なりの「エース論」みたいなものが次第に出来上がっていた。

【PHOTO】大谷翔平の妻、田中真美子が輝いた“現役バスケ選手時代”を厳選フォトで一挙紹介! 貴重なショートカット時代も 西武の開幕投手・今井達也が新エースに名乗りをあげる圧巻の投球を見せている。勝利は5月12日の楽天戦で3試合ぶりの勝利を挙げて3勝に到達したばかりだが、防御率は1.47と支配的なピッチングを続けている。日程の関係で、日にちはズレてきたものの、ほとんどの試合でカード頭を任され、投手陣を引っ張っている。

 ストレートの最速は159キロを計測。過去には160キロを出しているから「結果的に出ればいいけど、こだわっていない」。むしろ、打者たちを圧倒しているのはチームメイトの平良海馬も手本にしているスライダーだ。決め球は斜めに変化するが、右打者、左打者、空振りを取りたい時、カウントを取りたい時と、用途によって使い分けることができる優れた球である。

 12日の楽天戦ではほとんどストレートとスライダーで抑え切ったが、「本来の自分のピッチングのスタイルは真っ直ぐとスライダーがあって、シンカー系のボールの三つ。バランスよく投げることを今日の試合で改めて実感できた」と課題を語ったあたり、まだ、この右腕は手の内を完全に見せているようではない。末恐ろしいピッチャーと言えるだろう。

 当然、そのボールの一つひとつは質が高く、惚れ惚れするのだが、これまで好調の今井に感じるのはチームを背負う覚悟だ。トレードマークのひとつだったロン毛をバッサリ切り落とし「チームの流れを変えたかった」という頼もしい発言はファンの心を打った。試合後の囲み取材では矢継ぎ早の質問にも顔色ひと変えずに丁寧に答える姿勢は”スーパースター”の領域でメディアの評判もすこぶるいい。

 地位が人を作るともいうが、エースという立場に君臨するにあたって、技術だけではなく人として律しているような印象だ。チームのために腕を振り続ける姿勢には取材者としても感心するばかりだ
  4月19日の楽天戦ではこんなことがあった。チームは7連敗中のどん底にあって苦しい中での先発となったが、3回表、2死を簡単に取ったあと、1番の小郷裕哉にライトに弾き返されたが、これを右翼手の山村崇嘉がダイビングキャッチを試みて失敗。三塁打としてしまったのだ。判断が難しい打球だったとはいえ、シングルヒットで収めたい打球だった。しかし、今井は続く村林一輝を三振に仕留めてピンチを脱した。ピッチングは圧巻だったが、それ以上にこのシーンを振り返った言葉がまた勇ましかった。
 「あそこは僕がカバーする場面だと思っていた。しっかり三振を取り切れたのはよかったです。ギアを上げましたけど、まだ余力があるよっていうのを相手に見せるだけでも違うと思いますし、力を入れた中でもバランスよく投げるっていうことができたと思う」

 味方のミスは記録上では失策ではないとはいえ、チームメイトが悔しがっているプレーを取り返すピッチングは、チームの命運を背負うだけの覚悟を垣間見たシーンだった。

 この日は7回を投げ、5安打9奪三振をマークし、チームの連敗を阻止した。

「(連敗を)止める気でいた。昨日の練習の時点というか、連敗した時からずっと頭にはあったんで、とにかく今日は自分の勝ち星というよりかは、チームが勝てることだけ考えていました」

 覚悟を感じる今井の言葉を聞いていると、メンタル面の充実を感じずにはいられない。それだけ強いメンタルでいられるのは元来、彼が持つ強さかもしれない。高校2年夏は甲子園のベンチ外から翌年はエースとして甲子園優勝まで駆け上がった男だ。精神性の強さはあると思うが、取材をしていると、ふと彼の自信を支えているものの存在に気づいた。

 3試合ぶりの勝利を挙げた5月12日の楽天戦後のことだ。昨年よりメカニックの進歩を感じるかと問われるとこう答えた。

「自主トレから取り組んできて、それが去年から教えてもらっていることが自分の体に合わせられるようになった。試合の中でも、もっとこうした方がいいんじゃないかと修正できている」
  掴んだものの大きさがメンタルを支えているのか。メンタルが充実しているからスキルが生きるというのはよく聞く話だが、今井の場合、逆なのかもしれない。

 そんなことを問うと、今井はかぶりを振った。今季の好調を象徴するような確信のある言葉だった。

「僕は技術よりもまずフィジカル面。筋力だったり、そういうところが一番最初にまず来ないといけないと思っています。自主トレで学んだことがありますので、何が合っていて、何が合ってないのか、自分はこういう体だから、もっとこう動かさないといけない。そういう合うものと合わないもの白黒をはっきりつけて、練習できていますし、合うもの合わないものの判断っていうのはできてるんで、合ってるものをとことん突き詰められるので自信を持って練習できる。一番はフィジカル面じゃないですか」
  一つひとつの言葉に重みが増している。それはおそらく、ボールの重み、一球の重みへとつながっているのだろう。それがエースというものだ。

 涌井秀章(中日)、岸孝之、菊池雄星らかつてのエースを捕手として支えてきた炭谷銀仁朗がこう話している。

「エースになる投手はただ抑えるだけじゃダメなんですよね。1球を投げる意味とか、場面とかでどういう気持ちで投げるとかが大事だと思う」。

 防御率1.47の支配的なピッチングはエースとしての矜持とともに、今井達也が築き上げてきた証のような気がする。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

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