美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。今回は、引っ越しにまつわる苦労(?)を綴ったエッセイです。

今住んでいる賃貸の契約更新が近づいてきて、更新料を払いたいほどは気に入っていなかったので引っ越しを決意。
引っ越す場合は二か月前に申請という物件で「二か月あれば大概どうとでもなるやろ」という甘い判断をした結果、契約解除日のたった二週間前にようやく次の物件が決まった。

思えば今の物件もかなりテキトーに、実家を出られればなんでもいいやと思い決めた。どのくらいテキトーかと言うと、聞いたことない最寄り駅まで徒歩30分で、聞いたことある駅までは徒歩60分の物件だ。
それに内見をしていないので角部屋と聞いていたのにド真ん中の部屋だったし、写真ではフローリングと和室の二部屋だったのに両方ともフローリングだったし、楽器可と聞いていて夜中に他の部屋から音が聞こえるのに俺だけ音出しが21時までだったりした。

そして新しく移り住む家も、なんと内見をしていない。なんかもう面倒くさくて、ま、いっかとなってしまったのだ。
内見の目的といえば、実際見て嫌だったら別の場所を考える、そのためにあると思うのだが、内見しに行く家を決める段階で俺はもうヘトヘトなので「頼むから良くあってくれ...!」と祈りながら向かうことになる。
どうせ決めたいなら、時間も迫っていたし、ま、いっかとなったのだ。

実はこの物件に辿り着くまでに二度内見をしているのだが、それがかなりさんざんだった。

一度目は、不動産の人がかなりシャイなのか、かなり気まずい内見だった。俺もあまり詳しくはないのだが、普通内見って家を見ながら色々喋りかけてくるものなんじゃないのか?ずっと大繩に入れないやつみたいな顔で待ってたのはなんだったんだ?
俺は俺で人見知りなので、どっちが喋ることもなく家をウロウロ、いよいよ空気に耐えかねた俺が「あの...内見ってどう終わればいいんスかね?(笑)」と言うことで内見が終了した。家のことはあまり覚えていないが、エアコンが一台もなかった。

二度目は、さらにさんざんだった。
はじめに物件の問い合わせをしたところ、担当者が電話をかけてきた。この時点で既に嫌なのだが、その担当者が「お早めに決めないと取られちゃいますよ!」とやたら急かすもんで、内見の予約を入れた。これについても一度早めに決めたのに「すみません鍵の手配がまだなので、別日に...」と後から言われたので、仕事と被るなあと思いながら予約をし直した。

ようやく当日、不動産屋に行くと急かしてきた担当者がおらず、別の受付の人に「なんなら今日、内見行っちゃいますか?(笑)」とテンション高めに言われた。じゃあ俺何しに来たと思われてるんだよ、と思いながら、11時に予約したのに家に向かったのは12時だった。「12時からの予約もありますので」って言われたのに?

結論から言うと、この物件は内見出来なかった。
現地に行ってみたら鍵が開かなかったのだ。内見用のスマートロック?というやつがずっとエラーを出し続け、一時間以上、強風に凍えながら壁を見ただけで終わった。担当者も気まずかったのかしきりに「全然、家の外側とか撮っちゃってください!」と言っていた。"内"見なのに。

文句は無限にある。
そもそも、スマートロックなら鍵の手配はいらなかったので、最初の日程で別に良かった。
対処のテンパり方からして、多分俺が来てエラーを出すまで一度も内見されておらず、「一時間後くらいに店長が来るのですが...」も最初の日程なら対応出来た。
わざわざ日程を変えたことで仕事が差し迫っていた。
それもかなり余裕をもっていたのに、まさか現地に行くまで1時間、家に入れないと分かるまで1時間、開く可能性を待つ1時間、さらにそこから内見の...と、こんなことになるとは予想できなかった。

帰りしなも何度も謝られたし仲介手数料値引きします!とも言われたし、そもそも別に全く怒ってはいないのだが、というかそもそも初期費用も有り得ないくらい高かった。ナメられちゃいかん、と思っておくびにも出さなかったがべらぼうに高かった。相場は家賃の五倍と聞いていたのに八倍以上した。

結局、後日に必ず入れるようにするのでもう一度お願いします、と言われたのでなる早の日程に調整して内見日を決めた。内見失敗した日の午後、仕事が終わってメールを見ると「別の方で決まってしまいました」とのこと。
つまり、俺がエラーに一時間以上付き合ったおかげで直後の人がスムーズに内見出来たってことだ。

「アラ、あなた、この家、良いわねえ(笑)」
「ハッハッハ、もうここに決めちゃうか?(笑)」
「パパ〜、僕は犬が飼いたいよ〜(笑)」
「それもいいなあ、ちゃんと世話出来るのか?(笑)」
「それにしてもスマートロックって便利ねえ(笑)」
「「「ハッハッハ(笑)...」」」

ここに内見出来なくて困ってる人はいないんだな、よかった。

と、このようなことがあり、内見をしなかった。そもそも俺のような保証人もいなければまともな緊急連絡先もない人間が審査に通るかも分からんのに悠長に「この家、良いわねえ」とかやってる場合ではないのだ。初期費用も安かったし、いいかなって。
まだ家の片付けも終わっていないし、水道ガス電気の電話も返していないし、ネット回線に至ってはもうどうしていいのか分からんが、この記事が上がる頃には理論上引っ越しは済んでいなければならないので、俺はどうにかなんとかしていることだろう。

俺の新しい暮らしに、幸あれ。