佐藤日向、遠回りをしながら見つけ出した“私らしさ”/わたしことば(4)個性ってなんだろう
■#4_個性ってなんだろう
「日向は何をやっても60点だね」。
小学6年生だった頃のマネージャーさんから言われた言葉だ。25歳になった今でも言われた場面をはっきりと覚えているから、そのくらい衝撃的だったのだと思う。
私は芸事に関しては頑固だったこともあり、努力をどれだけ重ねても成長速度が本当に遅く、マネージャーさんから見れば"努力をしていない子"に見えていたのだろう。
小学生が受け止めるにはなかなかにきつい言葉たちを抱えきれず、帰宅して泣きじゃくる私にいつも母は「他の人と比べたってしょうがないよ。だって、日向は他の人とスタート地点が違うんだから。どれだけ努力を重ねても、それでやっと他の子のスタート地点と同じくらいになれるかもしれない、そんなレベルだよ。それでもこの仕事、やりたいんでしょ?」。そう言ってくれた。
このエッセイを読んでいる人からは母の言葉の方が厳しいのでは?と思われそうだが、私の性格上自分が納得できる理由さえあれば頑張れたのだ。母は私のことを持ち上げるのがうまいなと娘ながらに思う。
マネージャーさんから言われた「60点」という言葉は思っていた以上に私の心に引っかかり、ここから先、ずっと私の人生に付きまとうことになる。
例えば、人生で2回目のレコーディング。なんと5分で終えてしまった。
小学6年生の時に喉を一度潰してしまってからこの低い声が生まれたわけだが、当時の私にとってはコンプレックスでしかなくて、それこそアイドルっぽい曲のレコーディングとなると冷や汗が止まらず、心臓がバクバクしてヘッドフォンをつけるたびに自分の心音が耳に届いた。
人生2回目のレコーディングはワンコーラスも歌わせてもらえず、高音パートのハモリを一節だけ歌い、「以上です」と言われてあっけなく終わった。
その後、グループでは足並みを揃えるために個性を出して歌うのではなく、真っ直ぐで目立つ癖のない、周りと合わせて歌う方針が取られた。
そしてこの歌い方をきっかけに、私は「60点の女」にプラスして「無個性」とも言われるようになる。これはもうかなり踏んだり蹴ったりだ。
60点で無個性ってそれはもう、居ても居なくて同じってこと!?と反抗期の私はかなり思い悩んだ。いや、いじけていた。中学生までの私は、それからのレコーディングで「怖い。怒られるかもしれない。上手に歌えてないかもしれない。今の歌い方って個性あったかな? あれ、個性ってなんだろう」という気持ちが先行してしまった。
こうして段々と歌うことに対して臆病になっていった私は、努力と成長速度が合わず、堪え性のない小学生から中学生の間で「どうせ」というネガティブなワードを頻繁に使うようになる。
「どうせ、やったって60点だもん。どうせ、無個性って言われちゃう」。
この言葉を言い始めたあたりから、当時のファンの方からの「なんか日向ってパッとしなくて普通なんだよなぁ。面白みに欠ける」というコメントが目につくようになってしまい、気がつけば、自力で這い上がることができなくなっていた。
そのまま高校生に突入し、歌はもう無理かもと少し離れたのち、初めてのミュージカルで歌い方がアイドルすぎると指摘されたときにビビッときた。
「これがもしかしたら個性ってやつなのかもしれない」。
これまで個性がないと思っていた歌い方が、「アイドルっぽい歌い方」という個性なのだとしたら、ここを基盤にすれば色々な引き出しを見つけられるかもしれないと気づけた瞬間だった。
そうして色々なコンテンツで歌わせていただく機会が徐々に増えれば増えるほど、なぜか歌と向き合うことが"怖い"ではなく"お芝居みたいで面白い"という感覚に変わっていった。トラウマが完全に消えたわけではないが、今ではレコーディングやライブで歌と向き合う時間が、大好きだ。
いつから怖いと思わなくなったのだろうか。いつからレコーディングブースに入ると新しい自分に出会える場所みたいでワクワクするようになったのだろうか。
本当に気がつけば、だった。
分かることは、私1人では絶対に這い上がることができなかったということ。これまで歌を通して演じさせてもらってきたキャラクターたちみんなが私に様々な歌のジャンルで、角度で、手を差し伸べてくれた。
演じさせてもらっている子全員等しく愛おしいし、任せていただいているからこそみんなの良いところや聴いていて癖になる歌い方、印象に残る言い回しを生み出せるのは自分しかいないんだ、と責任を持ってこれからもレコーディングブースに私は入る。
レコーディングは私にとって、演じている子と共に巡る冒険だ。そして私自身に個性がなくたって、役と向き合えば自ずとその役の色が生まれるーー。これがかなり遠回りをして見つけた私らしさだ。
元々私のスタート地点は他の人よりも後ろにあるのだ。これからもたくさんの言葉のかけらを拾いながらゆっくりと、でも自分の中での全速力で前に進んでいきたい。
佐藤日向エッセイ連載「わたしことば」、ご愛読ありがとうございました。