ロシアが生産ラインを復活させたT-80戦車、この戦車には車体前面に垂れさがっている「のれん」のような部品があります。一体どのような用途があるのでしょうか。

車体正面の「謎装備」用途とは?

 2022年2月のウクライナ侵攻後、ロシア軍の保有していた戦車が多数撃破されたため、その補填として生産ラインを復活させたT-80戦車。この戦車には同系列T-90やT-72にはない特徴があります。
 
 それが車体前面に垂れさがっている「のれん」や「エプロン」のように見える部品です。どのような目的で付けられているのでしょうか。

「ボディキット」とも単に「ラバーエプロン」とも呼ばれるこの装備は、T-80の生産を開始した1970年代後半では全く考慮されていなかった問題に対応するために追加で作られた装備です。その問題とは、砂じんなどの粉じん対策です。

 もともとT-80は、同系統のT-90やT-72戦車がディーゼルエンジンを使っているなか、唯一、ガスタービンエンジンを採用しています。

 一般的にガスタービンエンジンは、同じ重さのガソリンエンジン・ディーゼルエンジンなどよりも馬力に優れ、ジェット燃料を使うため燃料が航空機と共通になるなどの利点がありますが、出力の割に吸排気量が大きいため、吸気からチリを除くフィルター装置が大掛かりなるという欠点があります。高温になるガスタービンエンジンの内部に細かい砂粒が入ると熱せられガラス状の固形物(プラーク)となり、タービンブレードなどを傷つけてしまい故障の原因になるので、これは欠かすことができません。

 このフィルターはT-80にも、ちゃんと装備はされています。ただ同じくガスタービンエンジン搭載のM1「エイブラムス」シリーズが定期的に清掃の必要のある二段式カセットフィルターを装備しているのに対し、T-80はカセットレスのメンテナンスフリーフィルター1枚のみでした。

 この装備でもシベリアや極東、欧州の平地などの地域で運用する分には問題がありませんでしたが、当時はソ連領だった中央アジア地域の乾燥地帯で使用する場合に問題が発生しました。砂じんが当初想定したより多くエンジン内に入っていたのです。特にカラクム砂漠での使用は、通常200〜300時間稼働できたはずの同車両のエンジン寿命を劇的に縮め、100時間以下としてしまったようです。

空気の流れをかえ砂じんを地面に分散する

 この問題を解決すべく、T-80の量産開始からしばらくたつと搭載されるようになったのが、このラバーエプロンです。縮小模型で風洞実験をしたところ、空気取り入れ口のある車体後部のすぐ上に低気圧な場所ができ、粉じんを吸い込みやすくなっていたことが発覚。巻きあがった粉じんが車体下部を通って、給気口に入ってしまうことを防ぐため、空気の流れを阻害する目的で装備されました。

 この装備は特に、前方に車両がいるとき効果を発揮します。先行した1両が通過して巻き上がった砂じんに2両目が突っ込む際、エンジンルームの屋根部分の粉じんを約50%削減したそうです。

 とはいえ、こうした装備で対策しても、ガスタービンエンジンはディーゼルエンジンよりメンテナンス頻度が多くなるのは変わりありません。そのため、製造価格の維持費も高くなりがちということから「信頼あるT-72へ、T-80に匹敵する攻撃力を付与すべき」という現場からの要望により、続くT-90では、動力がディーゼルエンジンに戻ったのです。