第6回 「雇用調整助成金」不正受給企業 調査


 全国の労働局が4月30日までに公表した「雇用調整助成金」(以下、雇調金)等の不正受給件数が、2020年4月から累計1,157件に達したことがわかった。不正受給総額は391億4,016万円にのぼる。
 前回調査(3月発表、2024年2月29日公表分まで集計)から2カ月で117件増加した。特に、2024年3月の公表は94件で、月間最多の2023年10月(97件)に次ぐ、歴代2番目を記録した。3月は過去最高の不正受給となった加納コーポレーション(株)(東京都、飲食業、受給金額49億6,797万円)が公表され、不正受給総額は月間最多の74億2,393万円と突出した。

 都道府県別の不正受給の公表件数は、今回の調査で大阪府が16件増加して累計143件に達し、前回調査まで最多だった東京都に並んだ。
 社名が公表された1,157件のうち、東京商工リサーチ(TSR)の企業データベースに登録がある867社を分析した。産業別の最多はサービス業他の387社(構成比44.6%)で、細かく分類した業種別では飲食業117社、宿泊業25社、旅行業18社などコロナ禍の影響を受けた業種が目立った。

 雇調金の不正受給は、特例措置によるコロナ禍での迅速な支給を目指した手続きの簡素化を悪用したもので、2023年3月の特例措置終了から1年経っても不正受給の発覚が相次いでいる。公表された企業は、助成金の全額返還など金銭的ペナルティを課せられるが、悪質性が極めて高い事案では法的措置に発展する可能性もあり、社会的信用を大きく棄損する。企業のコンプライアンス対応が厳しくなるなか、公表企業の今後の動向が注目される。

※本調査は、雇用調整助成金、または緊急雇用安定助成金を不正に受給したとして、各都道府県の労働局が2024年4月30日までに公表した企業を集計、分析した。前回調査は3月21日発表。


雇調金等の不正受給1,157件 2024年3月は歴代2位の94件を公表

 各都道府県の労働局が公表した雇調金等の不正受給は、2024年4月30日までで累計1,157件に達した。2024年3月と4月は合計117件が公表されたが、3月の94件は歴代2位の多さだった。90件台は過去最多の2023年10月(97件)に次ぐ2回目。これまでに支給決定が取り消された助成金は総額391億4,016万円にのぼる。
 月別の公表件数は、2021年2月の初公表から2022年5月まで1ケタ台で推移したが、2022年6月(15件)以降は2ケタ台の推移が続く。2024年1-4月累計は238件で前年同期(209件)を上回るペースをたどり、沈静化の兆しは見えない。
 不正受給の内訳は、「雇調金」だけの受給が658件と約6割(構成比56.8%)を占める。また、パートタイマー等の雇用保険被保険者ではない従業員の休業に支給される「緊急雇用安定助成金」のみが166件(同14.3%)、両方の受給が333件(同28.7%)で約3割を占めた。

雇調金不正受給公表件数・受給金額推移

地区別では関東が最多 都道府県別では大阪府と東京都が最多

 地区別では、関東が433件(構成比37.4%)で最も多く、2番目に多い近畿213件の倍と突出した。このほか、中部207件、九州98件、中国87件、東北43件、四国37件、北陸24件、北海道15件の順。2024年3-4月の増加率は、北海道66.6%増(9→15件)が最高で、北陸26.3%増(19→24件)が続く。一方、四国は5.7%増(35→37件)にとどまり、最も低かった。

 都道府県別では、東京都と大阪府が各143件で最多。直近2カ月は、東京都が8件増に対し、大阪府は16件増と2倍で東京都に並んだ。次いで、愛知県が132件で、上位3都府県が100件を超えた。
 以下、神奈川県96件、広島県56件、千葉県51件、福岡県43件、栃木県39件、埼玉県37件、三重県33件、京都府24件、茨城県23件の順。

※ 各都道府県の労働局が公表した住所に基づいて集計しているため、本社所在地と異なる場合がある。

産業別ではサービス業他が断トツの387社、2番目に多い建設業の3.4倍

 雇調金等の不正受給が公表された1,157件のうち、TSRの企業情報データベースで分析可能な867社(個人企業等を除く)を対象に、産業別と業種別で分析した。
 産業別では、最多はサービス業他の387社(構成比44.6%)で4割を超えた。2番目に多い建設業111社(同12.8%)の3.4倍に達した。このほか、製造業99社(同11.4%)、小売業60社(同6.9%)、卸売業59社(同6.8%)、運輸業57社(同6.5%)が続く。
 産業を細かく分類した業種別では、最多は「飲食業」の117社(同13.4%)、次いで、「建設業」の111社で、この2業種が100社を超えた。
 このほか、人材派遣や業務請負を含む「他のサービス業」82社、旅行業や美容業など「生活関連サービス業,娯楽業」64社、経営コンサルタント業などの「学術研究,専門・技術サービス業」60社、運輸業57社の順。上位10位はサービス業他の6業種が占めた。


雇調金不正受給公表企業 左:産業別 右:業種別

業歴10年未満が4割、雇調金の特例措置スタート後の起業は43社

 TSR企業データベースに登録された創業年月または設立年月から起算した、公表月までの“業歴”が判明した865社を分析した。最多レンジは10年以上50年未満の388社(構成比44.7%)だった。次いで、5年以上10年未満233社(同26.8%)、5年未満122社(同14.0%)、50年以上100年未満103社(同11.8%)、100年以上19社(同2.1%)の順。

 業歴10年で区切ると、業歴10年未満は355社(同41.0%)で4割を占めた。このうち、43社は雇調金の特例措置がスタートした2020年4月以降の設立または創業。コロナ禍で事業が軌道に乗る前に、間髪を入れず不正を行ったことがうかがえる。
 一方、業歴10年以上は510社(同58.9%)で約6割を占める。コロナ禍前からの業績不振を不正受給で補おうとした可能性もある。

雇調金不正受給公表企業 業歴別



 コロナ禍の営業自粛や人流抑制などによる業績悪化に直面し、従業員の雇用を維持するため、中小企業から上場企業まで多くの企業が雇調金を活用した。特に、対面型サービス業や労働集約型産業などで、雇用を下支えする効果が大きかった。
 ただ、コロナ禍でのスピーディーな支給に向けた手続きの簡素化に伴い、申請の過誤や不正受給も頻発した。厚生労働省によると、各都道府県労働局の遡及調査で発覚した不正受給は、2024年3月末時点で3,051件、支給決定取消金額は約690億3,000万円に及ぶ。
 このうち、支給決定を取り消された金額が100万円以上、または100万円未満でも悪質な事案と判断された不正受給は、社名や代表者名等が公表されている。さらに、法人だけでなく代表者など個人も対象とした刑事告訴もあり得る。不正受給金額が歴代2位の(株)水戸京成百貨店(2023年2月公表、受給金額10億7,383万円)のケースでは、茨城県警が2024年1月、不正受給を主導した疑いで元社長を詐欺容疑で逮捕した。
 不正受給が公表された企業は、コーポレートガバナンスの欠如や財務内容の脆弱さにとどまらず、経営の本質を問われ、取引先や金融機関から信用を失う恐れがある。さらに受給金額に違約金と延滞金を加えて返還する必要があり、資金繰り難に陥るリスクも負うことになる。
 雇調金等の主な財源は、企業が負担する雇用保険料を積み立てた「雇用安定資金」で賄われており、公平性の観点から不正受給には厳しい目が向けられている。その結果、ペナルティを課せられた企業は経営状況が大きく変動する可能性があり、今後の公表企業の動向に注目せざるを得ない。