たとえどんなに遠くても、どんなに並んでも、食べてみたい料理がある。そんなワクワクするような、ビジネスパーソンのためのお店を紹介。今回は、新橋駅前にある台湾料理店「ビーフン東」でレトロ気分を体験します。

●台湾の本場で食べられているものより、日本人向けに

 新橋駅汐留口の向かい。駅を出て、ゆりかもめに乗り換える階段の奥にあるのが「新橋駅前ビル」。

 1966年竣工、昭和の高度成長期の真っ只中に建てられた、当時の最先端、そして現在では勢いのあった昭和40年代の雰囲気を感じることができ、駅反対側にあるニュー新橋ビルと共に、新橋の顔と言える建物です。

 この新橋駅前ビルが建てられた時から約60年もの間、ビジネスマンたちに愛され続けているのが「ビーフン東」です。

「いえいえ、うちはビルが建つ前からここにいるんですよ」と笑顔で話すのは店主の東俊治さん。

 ビーフン東の歴史は古く、初代が石川県で日本料理店を営んだことに始まります。明治中頃に台湾に渡り、日本海軍指定の料亭として営業。第二次大戦中にはマニラにも支店を出していたそうです。

 第二次世界大戦終戦後に、大阪で台湾料理を中心に日本料理を取り入れた「台湾料理 東」を開店。その後昭和26年(1951年)に「ビーフン東」を新橋でオープン。

 さらにその後、店のあった場所にビルが建つことになり、新橋駅前ビル完成後、現在の場所で再び営業を始めます。つまり、新橋駅前で73年の歴史があるということに。

 店内には、新橋駅前ビルが建つ前、駅前にあった店の写真が飾られています。

 ビーフンの味は、台湾の本場で食べられているものより、日本人向けに軽やかにしたもの。「お客様の中には、週一、10日に1回おいでいただくわけですから、油を少なくしてヘルシーに。日本の人に食べやすい味にしてあります」。

 昭和の大作家、池波正太郎や放送作家・作詞家の永六輔、親分こと野球の大沢啓二監督が愛したと言われる、この店のおすすめ料理を紹介します。

●焼きにするかスープにするか。店の看板メニュー「ビーフン」

 まずは焼きビーフン。この店ではランチタイムは、豚肉と野菜の「並」、「五目」、「蟹玉」があり、焼きビーフンかスープビーフンかを選べる他、小盛、大盛とボリュームも3段階で選べます。

ビーフンの白さに、味がついていないのではと心配する客もいるというのに納得

 ディナータイムは煮豚ビーフン、海老ビーフン各935円などもあり、これらも焼きorスープがセレクト可能です。

「塩味のガラスープでビーフンを茹で戻しているので、色はついていないけれど味はしっかりついています。初めて食べに来たお客さんが、味がついているのか聞いてくることもありますね」

 焼きビーフンというと、やはり茶褐色のイメージ。だからこそ、白い焼きビーフンは他では中々みられないものかもしれません。

 フワッフワの卵の中には、シイタケやタケノコ、グリーンピース、カニが入っていて、上品な旨み。味付けは塩のみ。ビーフンとの相性も抜群です。

●彩り華やか! ヘルシーなのに旨みはしっかり感じる五目のスープビーフン935円

 そしてスープのビーフン。五目は豚肉、エビ、シイタケ、タケノコ、うずらの卵、ピーマンなどが入っています。焼きビーフンがコシを感じる食感なら、こっちは滑らかな食感。中華麺やうどん、そばとは違う、ビーフンならではの喉越しです。

台湾語でちまき、という意味の「肉粽」(bah-chàng)。だからバーツアン

 スープは鶏ガラと塩味。ラーメンに比べて油分を感じないせいか、とても軽やか。ヘルシーに感じます。

 ちなみにビーフンは国産? 海外?「皆さんもよく知っているケンミンビーフンですよ。日本唯一のビーフンメーカーですね。海外のビーフンだと味が一定にならないので、もうずっとケンミンビーフンを使っています。創業以来のお付き合いですね」

●テイクアウトも大人気。バーツアン(中華ちまき)770円

 そして、ビーフン東を語る上で外せないメニューがもう一つ。中華ちまき、バーツアンです。

 大きな竹の皮をめくれば、中にはもちもちのお米、そして中にはチャーシューやうずら卵、シイタケ、蒸して柔らかくなったピーナッツなどが包まれています。

「合わせ出汁を炊いて、一晩浸水させた国産の餅米を蒸すなど、丸2日かけて作っています。味付けは薄い醤油味。香辛料は使っていないですね」

 中華圏のちまきだと、八角など香りの強いスパイスが入っているイメージですが、ここのちまきは竹の皮の香りがふわっと漂う、どこかホッとする美味しさ。そして付け合わせのザーサイがシャキシャキ食感で、いいコントラストになっています。

 そしてこのちまき、大きい! 推定ですが、お茶碗1杯半ぐらいのボリューム。食べ応え十分です。テイクアウトでも人気の理由がわかります。

 そして、池波正太郎はじめ昭和の文豪や著名人が通っていたという話を聞いたんですが…。

「実は昔、同じフロアにヘラルド映画の試写室があったんですよ。先生方は映画の原作者だから観に来る。そして試写を観た後、うちに寄って食事をされていたんです」

 なるほど。でも、店内には色紙とか書は飾ってないですよね?

「うちは特にそういうことをお願いしなかったので。先生方はビーフンとちまきを食べて、ゆっくり過ごされていましたよ」

 最後に、店でのおすすめの過ごし方を聞くと、

「料理が出てきたら、おしゃべりは二の次で、あたたかいうちに食べてほしいですね。あ〜美味しかったね、また食べたいね、という気持ちになって、またおいでください」とニッコリ。

 全ての料理は手作り。機械を用いたり、加工品を使用することはなく、一つ一つを丁寧に作り上げているとのこと。

 昭和22年生まれ、学校を卒業してからずっと厨房に立ち続ける店主のこだわりがつまったビーフンやちまきは、初めて食べても、そして何年かぶりに食べても、品がありつつもどこか懐かしい、親しみを感じる美味しさです。

 平日のランチはビジネスパーソンが、そして土曜日は家族連れなどで賑わう「ビーフン東」。いつまでもこの味が新橋に残ってほしいと心から思う、どこか癒される美味しさでした。