大雨の日に出合い、保護した猫が息を引きとった。11年間という年月を過ごし、愛猫の死を受け止められず、勤務中にもかかわらず勝手に涙が出てきてしまう、タカオ。反対にいつも通り淡々と生活する彼女。そんな2人のそれぞれの愛猫への思いを描いた、矢野満月(@yanomaan)さんの創作漫画「シビは寝ている」は、第81回ちばてつや賞一般部門の大賞作品。今回は漫画家の矢野満月さんに、本作を描くきっかけについてインタビューした。


■大雨の日に出合った猫が死んでしまった...悲しみを受けとめきれないカップルのそれぞれの思い

大切な愛猫「シビ」が亡くなった。しかし、仕事は休むことができない。タカオは、シフト通りスーパーへ出勤する。普段通りに仕事をこなすものの、チェッカーの勤務中、愛猫「シビ」のことを思い出しては涙が止まらない。仕事も手につかないタカオとは反対に、彼女のマキは妙に冷静だった。自分以上にシビをかわいがっていたので、もっと激しく取り乱すと思っていたのに。

タカオは火葬をし、骨壺を持って帰る覚悟を決めようと思っていた。しかし、うちに帰ると、シビの亡殻がない。タカオが「シビはどこ行ったの?」と聞くと彼女は冷凍庫を指した。開けてみると、冷凍庫で保存されているシビの姿がーー。一体なぜ?

■「共感できないからって、人の気持ちを否定していいわけではない」言葉にできない気持ちを漫画に託した

矢野満月さんが漫画を描き始めたのは、「大学の卒論で漫画の描き文字について書いたこと」がきっかけだった。「大学卒業後、本格的に漫画を描き始めました」と話す。

本作は、「剥製」がキーワードとなる。これは、姿だけでも残せる「剥製葬」という方法。海外で話題になり、日本でも取り入れられている。矢野さんも「海外のネットニュースで、愛犬を剥製にした人の記事を見て知りました」という。

矢野さんが「ペットを剥製にする」という情報を知ったとき、「正直はじめは、剥製にして姿を残しておきたいという気持ちがよくわからず、タカオくんと同じように『可哀想では?』と思いました」と、当時の心情を振り返る。

「剥製葬」の方法には賛否意見がある。ただ、飼い主のなかには、亡くなったペットを埋葬したり火葬したりすることが考えられないという人も一定数いるのだ。「だからこそ、その気持ちをわかりたくてこの漫画を描こうと決めました」と、矢野さん。こうして、考え方の違う2人のカップルが生まれた。

登場人物で、こだわったところは「誰にでもよいところと悪いところが必ずあって、登場人物の誰かが絶対的に正しいとか間違っているわけではないので、その人間模様を丁寧に描きたいなと思っています」という。

「悲しみとの向き合い方は人それぞれで、なかなか人に理解されないことでも、丁寧に心情を描けば少しはその気持ちをわかってもらえるんじゃないかと思って描いた」という本作。タカオもはじめは「無理」「かわいそう」「マキがおかしくなった」「異常だ」と思っていた。

そんなとき、ペットロスで仕事が手につかないタカオはスタッフから「ペットが亡くなったくらいで、おおげさだ」と言われた。それに対してタカオは「共感できないからって、人の気持ちを否定していいわけではないですよね」と叫んだ。「これは自分自身にも言い聞かせたい、重要な言葉ではあります」と、矢野さん。タカオは自身のセリフとともに、マキの価値観を否定していたことに気づく。

読者からはタカオの考え方に「共感」したり、マキの思いに触れ「いろいろ考えさせられた」などのコメントが届く。矢野さん自身「私は自分の思いを言葉で伝えることが苦手なのですが、漫画を通してたくさんの方に自分の思いに寄り添ってもらえたような気持ちで、とてもうれしいです」と、読者のメッセージを受け止めている。

大切な存在を亡くした悲しみは言葉に表せない。その穴をどのようにして埋めるのかも、人それぞれだ。「剥製にして一緒にいたいという気持ちはよくわかる」「剥製という方法を知らなかったけど、もし知っていたらそうしていたかもしれない」「正解も不正解もない」など、多くの読者たちからコメントが届いている。


現在、矢野満月さんは、週刊漫画TIMESで「赤紙がきた猫」を連載中。落ちこぼれ刑務官と老人受刑者を描いた『骨と鞭』はコミックデイズで読むことができる。

■取材協力:矢野満月(@yanomaan)