備前焼や越前焼などと並び、瀬戸焼が「日本六古窯」の一つとして日本遺産に認定されている愛知県瀬戸市。この地に、15年以上にわたり多様な人材の採用と育成に取り組んできた企業がある。

男性中心で閉鎖的な雰囲気だった大橋運輸が、多様な人材の採用に踏み切った背景にはある〝危機感〟があった。 一朝一夕には築けない企業文化を、経営トップの強い意思で醸成したその先に、どのような成果が出ているのか──(WEDGE)

 愛知環状線・瀬戸市駅から歩くこと約10分。「オオハシ通り」と書かれたユニークな標識を起点になだらかな坂を上ると、そこには数台のトラックが並んでいた。「『笑顔の人は誰でもどうぞ』という思いを込めてつくったんです」と出迎えてくれたのは大橋運輸(同市)の鍋嶋洋行社長。

 1954年に創業し、物流サービス業を中心に運輸業を営む同社は、社員数99人、大小合わせて60台の運搬車と4台のフォークリフトを有する中小企業だ。男性中心のイメージが強い業界だが、社員に占める女性の割合は20%以上、加えてフィリピンや中国、台湾などの外国人が約10%、今年4月に法定雇用率が2.5%に引き上げられる障害者雇用率は既に3.5%を超えるなど、多様なバックグラウンドをもつ人材がそろう。

 「きっかけは『このままでは事業が立ち行かなくなる』という危機感でした。運輸業は90年に免許制から許可制へと規制緩和され、価格競争が激化しました。私が義父に代わって社長に就任した2008年当時は、仕事の約8割が下請けだったこともあり経営は赤字。労働環境も過酷で、結果的に良い人材を採用できなくなることが目に見えていました」(鍋嶋社長)

 こうした課題認識の下、10年に始めたのが女性の採用だった。「古参の男性従業員からは『女にできる仕事じゃない』『女の言うことを男が聞くと思うか』など、反発はありました。それでも『できないこと』ではなく『できること』に目を向けて、できないなら、できるようにすればいいと思ったんです」と振り返る。言葉どおり、週の勤務日数を3日から、1日の勤務時間は4時間から、と柔軟な勤務体系を用意し、出社時間も個々の都合に合わせて調整できるようにした。

 配属する部署にも工夫を凝らした。運動不足や睡眠不足など、ドライバーの健康に起因する事故が問題視されていた時期に、健康あってこその安全だと再認識した。「食事や睡眠などの健康意識や従業員満足度(ES)の向上を考える部署に女性を重点的に配置しました。女性の採用に否定的だった社員にも、専門家のコメントや公的機関の調査結果などを示しつつ『これからは安全だけでなく安全衛生が重要になる』と会議や社内報で繰り返し呼びかけ、知識のアップデートを図り、少しずつ意識を変えていきました」。

 高血圧対策を目的に、従業員に対して毎朝バナナやトマトジュースを配布したり、勤務時間内で講師による運動教室を開催したりするアイデアも、女性社員の発案だった。

 今年2月に外国人として初めて管理職に登用された管理栄養士の太美善さんは「社員の健康に『予防』の段階から携わりたいという思いで入社しました。管理職を目指す気持ちはあったけど、それよりもみんなが高いモチベーションで働くことで組織をより良くしたいです」と抱負を口にする。太さんとの出会いも、多様な人材に門戸を開いていたからこそのものだ。

左から3番目が太さん(OHASHI TRANSPORT)