冬から春にかけ、スーパーや青果店の店頭を華やかに彩るイチゴ。さまざまな品種が並び、目移りしそうだが、それもそのはず。農林水産省によると、日本国内では約300種もあり、世界全体の品種の半分以上が日本ルーツとの説もある。国内では、生産者の高齢化や後継者不足などから収穫量や作付面積は減少傾向だが、各都道府県などが品種改良に取り組み、新品種が続々誕生。まさに群雄割拠の「イチゴ戦国時代」の様相だ。(共同通信社=板井和也)

 ▽イチゴは「伸びる品目」
 滋賀県は2016年から5年をかけ、初めてのオリジナル品種「みおしずく」を開発した。「とてもジューシーで、口に含むと滴り落ちるぐらい果汁が出てくる」。開発に携わった県農業技術振興センターの松田真一郎係長が胸を張った。

 品種改良の過程では、適度な酸味と強い香りを持つ「かおり野」と、甘みが強い「章姫」をかけあわせた約1600個体の候補から選抜作業を繰り返した。担当者は毎日200個以上のイチゴを食べ続けたという。みおしずくとともに最後まで候補に残った品種は「びっくりするほど甘かったが、完熟すると実が緩んでしまい、候補から脱落した」(松田係長)。苦労のかいあって、昨年12月からみおしずくの本格販売が始まった。

 県農政水産部みらいの農業振興課の山崎博貴主査は「1月に2週間、県内の大型スーパーで試食販売会を実施したが、お客さんから『甘みも酸味もあってみずみずしい』と評価してもらえた」と安堵の表情を浮かべた。

 松田係長は「県内産のイチゴはこれまで直売での販売がほとんど。直売主体だと売れ残りが出て農家の生活が成り立たない面もあった。農家の要望もあり、新たな販路として独自品種で市場出荷を目指すことになった」と開発の経緯を語る。全国的な傾向に反して、滋賀県ではイチゴの収穫量、作付面積ともわずかながら増えており、「伸びる品目」として白羽の矢が立った。

 ▽県外持ち出しを禁止
 関西圏は九州産のイチゴが多く出回り、特に量販店でイチゴを購入する消費者の多くは、県内産のおいしさを知らないという。「栃木県や福岡県のように大生産地化して…というのではなく、まずは県内で認知度をしっかり高め、おいしさを知ってもらう」(松田係長)と控えめだが、将来は海外輸出も見据える。

 農水省によると、イチゴの輸出額は2012年に1・8億円だったのが22年には52・4億円と29倍以上伸びた。輸出量も95トンから2183トンと23倍近くに。だが高級ブドウの「シャインマスカット」のように、国内で開発されたブランド農産品が海外に無断流出し、栽培されるケースも後を絶たない。

 2021年4月の種苗法改正で、農作物の新品種は海外への持ち出しが制限されるようになったが、シャインマスカットは16年ごろ無断で持ち出され、中国で栽培が急拡大。栽培面積は日本の約30倍に上るという。中国の生産者が正規に種苗を入手した場合、種苗法で新品種の開発者に与えられた知的財産権に基づき、日本は年間100億円以上の利用料を受け取れる計算だが、みすみす逃している。

 滋賀県はみおしずくが将来、シャインマスカットのようにならぬよう警戒し、県内の栽培農家に対して苗の県外持ち出しなどを禁じている。当然ながら品種登録も出願中。山崎主査によると、登録までの期間に無断で増殖されたり、海外に持ち出されたりしても登録後、相当額の補償金が請求できるという。

 ▽王国で進む主役交代
 1968年から半世紀以上、収穫量日本一を記録し、「いちご王国」を打ち出す栃木県。県農政部生産振興課の人見秀康課長補佐によると「かつて栃木で農業といえば水稲だった。しかし、米を収穫した後、冬から春にかけて作物を育てて農家の経営を発展させようと広まったのがイチゴ栽培だった」という。

 県が開発した「女峰」に次ぎ「とちおとめ」が全国的な知名度を獲得し、東日本を中心に各地で生産される主力品種となった。今は県農業総合研究センターいちご研究所が2018年に開発した「とちあいか」を売り出し中だ。現在は県内だけで栽培が認められている。とちあいかは27年には県内での作付面積を全体の8割にまで拡大する計画。既にとちあいかの作付面積はとちおとめを上回り、王国の主役が交代しつつある。

 とちあいか開発の背景には、王国とはいえ安穏としていられない事情があった。栃木県でもイチゴの収穫量、作付面積が減少傾向なのだ。そんな中、ヒットした品種を大々的に新品種に置き換える―。かなり大胆な戦略だと思われるが、育種を担ういちご研究所の畠山昭嗣特別研究員は「より良い品種を目指したい。生産者にメリットのある品種ができて、たくさん作ってもらえれば、消費者も安心して買ってもらえ、ウィンウィンになる」と話す。

 開発に7年かけた結果、葉が黄色く縮む萎黄病に強く、とちおとめより大粒で甘みがあり、単位面積当たり約1・3倍の収穫量がある品種が誕生。表面が硬めで傷みにくく、長距離輸送にも耐えるため輸出にも向く。実の大きさや形がそろいやすいため、農家にとってはパッキングしやすく、縦に切った時に、断面がきれいなハート形になるのが消費者に受けている。

 畠山研究員によると、一般的にとちあいかは、とちおとめに比べて約1カ月早い10月中旬ごろに出荷が可能なことも大きな特徴。早い時期は単価が高く増収につながり、農家の支持を集めているという。

 ▽県と農協がサポート
 とはいえ、とちおとめの需要も健在。若干酸味が強い分、甘いクリームなどとの相性が良いためだ。菓子店などからは引き続き、とちおとめを求める声も根強く、それに応えようとする農家も多いという。

 栃木県内では、とちあいかをうまく作れるよう、県や農協などがサポートチームを作り、農家に指導も行っている。とちあいかの生産は5シーズン目。人見課長補佐によると、「とちあいか5年生の農家と1年生の農家で品質に差が出ないようにするため」で、「組織で対応できるところは栃木の強み」と自信を見せる。行政、農業団体、農家が手を携える一枚岩ぶりは王国が王国たるゆえんかもしれない。

 ▽消費者に支持される品種
 栃木県では、大粒で贈答に向く「スカイベリー」、県内の観光イチゴ園でだけ食べられる幻のイチゴ「とちひめ」や、夏場に収穫できる「なつおとめ」、ミルクのように白い「ミルキーベリー」などの品種もあり、年間を通じてどれかしらを味わえる。現在も新品種の開発が進んでいる。

 消費者に支持される品種の特徴を畠山研究員に尋ねると「酸味がほどほどで十分な甘みがあるもの」という答えが返ってきた。かつては甘酸っぱいイチゴに練乳をかけて食べる人も多かったが、「イチゴだけで甘いと思ってもらえ、鮮やかな赤色で、果皮がしっかりして食感がある」品種がヒットの条件のようだ。

 栃木県内では主要品種は5〜6月まで収穫が続くが、畠山研究員は「もっと作期の長い品種の育成も目標」と話す。イチゴは夏の高温下で実を付けて大きくなるのは難しいというが、いずれ通年で味わえる品種が生まれるかもしれない。

 王国・栃木県に追いつけ、追い越せで各地で品種改良が進むイチゴ。人見課長補佐は「良い品種を安定して出し続けないといけないという危機感はすごくある。一回失敗してしまうと、その印象を払拭するのが大変。今はとちおとめからとちあいかへの品種転換期。この2、3年が勝負」と気を引き締めた。