職業差別とも受け取れる発言をして、謝罪・撤回後に退職を表明した、静岡県の川勝平太知事が「辞世の句」でも物議を醸している。

【映像】細川ガラシャの子孫が怒りをにじませる映像

 退任にあたっての心境を問われた川勝知事が発言したのは、「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」。これは明智光秀の娘、細川ガラシャが詠んだ辞世の句で、散り時を心得てこそ美しいとの意味とされる。

 これに対して、「言語道断でけしからん、無礼千万だ」と怒りを示すのが、細川ガラシャの子孫で、元テレビ朝日政治部の政治ジャーナリスト・細川隆三氏だ。川勝知事に「勘違いが甚だしい。使い方を間違っている。政治家の失言とよく言うが、あれ(ガラシャの句)は失言でなく『信念』だ。細川ガラシャに対して無礼だ」と苦言を呈す。

 ガラシャの夫・忠興の代から数えて14代目だと言う細川氏は、彼女の歴史を語り始めた。今から400年以上前、明智光秀の娘として越前国に生まれ、15歳で名家・細川家の忠興へ嫁ぐ。しかし父・光秀が織田信長を討った「本能寺の変」により、謀反人の娘となってしまう。夫・忠興のおかげで、信長の家臣からの報復は免れたが、実権を握った徳川家康に、石田三成が挙兵することになる。

「忠興は(徳川家康の)上杉征伐に出陣する際、ガラシャに『決して敵の人質になってはならない』と約束した。当時は、主になにかあれば、家来に命じて妻を殺すか、妻が自害する時代。ガラシャは、おつきの者を全員逃がしたが、キリスト教徒なので自殺が許されず、家来に『胸をつけ』と命じた。壮絶な死をしたガラシャが、辞世の句として読んだのがこの歌だ」(政治ジャーナリスト・細川隆三氏)

 そして、ガラシャの「信念を貫く強い意志」を引用した川勝知事を、「どこが美しいのか。自分の失言をきっかけにして辞めただけの話だ」と批判する。

「辞世の句を引き合いに出し、さも『自分は正しい、信念を貫いた見事な引き際だ』と言いたいのか。ガラシャの尊い死を引き合いに出すことは言語道断。私は怒っている。ガラシャもあの世で、きっとビックリしている」(細川隆三氏)

(『ABEMA的ニュースショー』より)