『GENE高』最終回にて、鈴木おさむ校長&スタッフ一同からのメッセージにGENERATIONSメンバーが涙を浮かべる場面があった。

【映像】鈴木おさむの言葉に涙ぐむメンバーたち(1時間5分頃〜)

 ダンス&ボーカルグループGENERATIONS from EXILE TRIBEによる、ABEMAオリジナルバラエティ番組『GENERATIONS高校TV』。3月30日(土)は、『GENE高卒業式2時間生放送SP!〜7年間たくさんの夢をありがとう〜』と題し、2017年4月19日からスタートした本番組はついに最終回を迎えた。

 番組の終盤では、卒業していくメンバーに校長から「送辞」が送られ、番組でナレーションを務めた平子祐希(アルコ&ピース)が代読した。番組の始まりについて、「LDHから“GENERATIONSで面白いバラエティを作ってほしい”とお願いされて、『GENE高』は誕生しました」と言う。最初のロケで高校に行ったとき小雨が降ってきたのだが、メンバーの髪型を気にしたマネージャーがピリピリしていたという。「あの瞬間、私は正直”こんなんでバラエティやっていけるのか?“と不安にもなりましたが、時が経てば変わるものです。おそらく今、ロケ中にどしゃぶりの雨が降っても、マネージャーはきっと手を叩いて笑っているでしょう。7年の間にスタッフ、マネージャーも変わりました。それは、皆さんが『GENE高』に対して本気で向き合ってきたからこそだと思います」と伝える。

 そして校長は、ここから一人一人にメッセージを送る。白濱亜嵐には「亜嵐は、どんなときでも明るく笑ってくれていました。メンバーにかなり無茶なこともやってもらったので、現場の空気が悪くなったときだってある。けど、亜嵐が笑ってくれるとスタッフは安心できた」と伝えられ、白濱は目にうっすらと涙を浮かべた。

 片寄涼太には「ほかのメンバーは照れてふざける中、片寄はちゃんとキュンキュンさせてくれました。それでいて、時折とてつもない毒を吐く。それが涼太の魅力でした」と伝えた。この日の放送内でも流れた、片寄の父の学校に行くロケでは「涼太が自分で事務所にも掛け合ってくれて、あのロケが成立しました。人生の大切な瞬間を『GENE高』に捧げてくれたこと、本当に感謝しています」と明かされていた。

 佐野玲於には「やっていくごとに玲於は楽しみ方を覚えて、他の人は絶対言わないキラーワードを連発していました。あるとき、1年ほど思い悩んでいたときがあったと思います。けど、ある日を境に玲於はそこを抜けていきました。それからの玲於は、より熱く、優しく、真剣になっていきました」と強くなっていったと伝えた。そして関口メンディーには「番組が始まったとき、グループの中で一番認知度もスキルも高いメンディーでした。だからこそ私たちは、いかにメンディーに頼らない番組を作るかをテーマにして、あえてメンディーには厳しくしたところもたくさんあります。メンディーは自分を一番犠牲にしながらやってきてくれたんだと思います。本当にありがとう。ただ、後悔していることは、メンディーのお父さんを探せなかったことです」とメッセージを送る。

 数原龍友には「LDHのボーカルといえば面白いことをしてはいけない、そんなイメージをめちゃくちゃに壊しまくった龍友。何度も自分で面白いと思う企画を思いついては、連絡をしてきてくれました。忘れられないのが福島でのロケの時、東日本大震災を思い出し泣き出す生徒がいる中で、龍友は本当なら人前では話したくなかった自分のある思いを、あの場で真剣に生徒たちに話してくれました」と、生徒たちを気遣い受け止めてくれたやさしさも称えた。

 中務裕太には「裕太は滑ろうがどうなろうが、常に全速力の球を投げてくれました。その勇気は『GENE高』を変えてくれました。そして面白くしようとするあまり、ついに全裸になってしまった。LDHでは絶対にやってはならない禁断の扉を開けてしまいました。放送されたらさすがにHIROさんから怒られるんじゃないか、と思いましたが、いまだに怒られていないので、裕太がLDHを変えたのかもしれません…」という送辞に、思わず中務やメンバーからも笑みがこぼれた。

 最後の小森隼には、「7年の間、気づくと隼は本当にMCとして上手くなりました。胸を張っていいと思います。メンバー全員そしてスタッフも心から感謝しています。自信を持ってください。この7年、『GENE高』をやりながら一番しんどかったのは隼だと思います。本当に小森隼は7年かけて名MCになりました。お疲れ様でした」と最大級の労いの言葉に、小森も感動の涙を浮かべていた。