夜遅くまで起きていると、だんだんと眠気がやってきますが、眠気が強いまま無理をして起きていると、あるタイミングで突然こてっと睡眠状態に入ってしまうことがあります。いわゆる「寝落ち」です。「気絶するように眠ってしまった」という人もいますが、実は「寝落ち」は普段の睡眠とは別のしくみで起こります。

睡眠には、「ゆっくりと時間をかけて眠気がたまっていくしくみ」と「急に睡眠のスイッチが入るしくみ」があるのです。「寝落ち」の意外なメカニズムを、脳科学的に解説します。

■一瞬で眠ってしまう「寝落ち」のしくみ
結論から言うと、眠気が少しずつだんだんと強くなっていくのは、その背景に「液性の調節」があるからであり、一瞬で眠りに落ちるのは、その背景に「神経性の調節」があるからです。以下で、わかりやすくご説明します。

私たちは、毎日規則正しく、覚醒と睡眠を繰り返します。睡眠のメカニズムの全容は、実はまだ解明されていないのですが、広く支持されているのは、眠気を生じさせる「睡眠物質」が脳内に存在するという考え方です。

睡眠物質が少ないときは眠気を感じずに覚醒状態を続けることができますが、長く覚醒していると時間経過とともに脳内に睡眠物質がだんだんと蓄積して増え、その物質が眠りを誘う、という考え方です。

睡眠状態に入ると睡眠物質は減りはじめ、その量が一定レベルを下回ると、再び覚醒できるようになる、と考えられています。

日中眠たくなったときに30分程度の昼寝をすると、疲れが取れて仕事の効率があがると思いますが、2時間以上も完全にぐっすり昼寝をしてしまうと、夜になっても眠れなくなることがありますね。これも「睡眠物質の増減」の考え方で説明できます。

日中に眠気に襲われたときは、おそらく脳内に睡眠物質がある程度たまっていると考えられ、30分くらいの昼寝なら睡眠物質の量はそれほど減りませんが、本格的に長時間の睡眠をとってしまうと、睡眠物質が大きく減少し、その後十分に睡眠物質がたまらないまま夜になり、眠れなくなってしまうのでしょう。

日中に眠たくなっても長時間寝ないようにして、睡眠物質が脳にたまった状態を夜まで持続させてから就寝するのが、良質の睡眠につながります。

ちなみに、睡眠物質の実体については不明な点が多く今後の研究がさらに必要ですが、現在のところ「プロスタグランジンD2」と「アデノシン」の2つが、眠気を誘う睡眠物質の本体だろうと考えられています。

こうした睡眠物質による眠気が「液性の調節」であり、こちらは時間をかけてゆっくりと進みます。一方の「神経性の調整」は、即時的です。

私たち脳の中には、脳の活動を維持しようとする「覚醒中枢」と、脳を休ませようとする「睡眠中枢」があり、そのバランスによって覚醒と睡眠が切り替わります。

より具体的には、覚醒中枢に分布する神経細胞は、ノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミン、アセチルコリン、オレキシンなどの覚醒物質を放出して、脳の活動を高めるように機能します。

その一方で、脳の視床下部のうち、「腹側外側視索前野(ふくそくがいそくしさくぜんや、ventrolateral preoptic area; VLPO)」と呼ばれる場所には、ブレーキの役割をする「GABA」という抑制性神経伝達物質をもった神経細胞が分布しています。この神経細胞からGABAが放出されたときに、覚醒中枢の働きが止まるようになっているのです。

こうした神経性の調節は、非常に素早く、一瞬で起こります。ちょうど電源のスイッチをOFFにすると照明が一瞬で消えるように、睡眠中枢から放出されたGABAが覚醒中枢を抑えると、即時的に睡眠モードに入るのです。

「気を失うように眠りに入った」「知らない間にこてっと眠っていた」など、いわゆる「寝落ち」のときは、液性の調節ではなく、神経性の調節による切り替えが起こっていると考えられています。

▼阿部 和穂プロフィール薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。

阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者)