太平洋が、眼前に広がる。和歌山県串本町の重畳(かさね)山(302メートル)に車で登った。中腹あたりにめざすポンカン畑がある。険しい斜面に石積みの階段園が見えた。ポンカンの木は、たっぷりの日差しと潮風を受けて青々と茂っている。

 4月下旬、ポンカン農園「四季彩園」を営む竹田敏明さん(72)と妻の由紀子さん(69)を訪ねた。敏明さんは「景色がいいでしょう。大島が見えるんですよ」と教えてくれた。

 県内では串本町のほか、田辺市や日高川町などでポンカン栽培が盛んだ。農林水産省の2021年産の統計では県内の出荷量は全国5位の約1100トンだった。

 串本町には小型ロケットを打ち上げる民間の発射場がある。3月、ロケットの打ち上げを取材するために訪れた公式見学場で、竹田さん夫婦に出会った。2人はポンカンジュースを会場で販売していた。1杯飲ませてもらった。甘みと酸味のバランスの良い味わいが口の中に広がる。子ども2人への土産に買って帰った。ふだんミカンジュースをあまり飲まない子どもたちがおかわりした。

 敏明さんは元銀行員。約20年前、退職したのをきっかけにポンカンづくりに乗り出した。ポンカン栽培を手がける親戚の手伝いから始め、3年後、自分でポンカン畑を購入。船を所有するほど好きだった釣りはやめた。

 収穫時期は12月中旬から1月中旬。けれど、農作業は年間を通してある。毎月1回、2人で草刈りをし、地元でとれる伊勢エビやカキ、卵の殻などを材料に堆肥(たいひ)も自作する。「食べるものなので、お客さまに安心、安全を届けたい」。その思いが原点にある。

 次から次へと現れる「天敵」に頭を悩ませてきた。最初は土中のミミズなどを食べに来るイノシシ。高さ1メートルの金網を張り、侵入を防いだ。

 次はシカだった。さらに高くネットを張った。最近はサルの群れが侵入して、食い荒らしていく。本来の作業に加え、獣害対策に多くの労力と費用を割かざるをえない現実がある。

 年齢とともに収穫作業の負担は増しているが、昨季から収穫ボランティアの受け入れを始めた。民泊事業「姫こいし」も運営していて、収穫と宿泊をセットにした試みも考える。夫婦は「若い人たちにポンカンを知って味わってもらいたい」と話した。

 重畳山のポンカン畑で、冷え冷えのジュースをいただいた。「飲んだらもう一息がんばれるんです」と敏明さん。ロケットの打ち上げが成功したら、ポンカンジュースで乾杯したい。(伊藤秀樹)

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 〈四季彩園〉 ポンカンジュースは、720ミリリットル3本セット箱入りが4500円(税込み)。ポンカンのジャムやマーマレード、シャーベットもある。ホームページ(http://ponkanhime.com)やJR紀勢線・紀伊姫駅そばの自宅兼店舗で購入できる。収穫体験のほか、3〜11月は草刈り、肥料やりなどの作業体験(体験料2千円)もできる。問い合わせは電話(0735・72・1849)。