プロ入りへの分岐点となったあの試合の記憶



『侍ジャパン戦士の青春ストーリー 僕たちの高校野球3』

 現役プロ野球選手たちの高校時代の軌跡を辿る『僕たちの高校野球』。待望のシリーズ第3弾となる『侍ジャパン戦士の青春ストーリー 僕たちの高校野球3』がベースボール・マガジン社から発売になった。ここでは掲載された7選手の秘蔵エピソードの一部を抜粋し、全7回にわたって紹介してきた。ラストを飾るのは巨人の戸郷翔征。ジャイアンツの若き右腕の覚醒前夜の物語をお届けしよう。

立ちはだかったライバル


 宮崎県延岡市にある聖心ウルスラ学園高は、戸郷が住んでいた都城市から約100キロ離れた県の北部にあった。そのため戸郷は入学と同時に親元を離れて寮生活を送った。休みはほとんどなく、まさに野球漬けの高校生活だったという。

 とにかく体の線が細かった戸郷には、しっかりと体を作るところからのスタートだった。食事はしっかりと摂っていたが、なかなか体重が増えずに苦労は絶えなかったという。それでもマジメに取り組むうちに、6月ごろには練習試合にも登板のチャンスをもらえるようになっていった。

 しかし当時、戸郷には強力なライバルがいた。

 同じ1年生ピッチャーの上村奎仁だ。入学時に身長が182センチあった戸郷とは違い、上村は165センチほどと体は小さかったが、多彩な変化球を持ち、制球力も良かった。上級生の中に入っても実力的には2、3番手に入り、すでに「将来のエース候補」と目されていた。

 一方、フォームが固まっておらず、リリースポイントもバラバラだったという戸郷は制球難に苦しんでいた。

 そのため練習試合で投げても、四球が多く、逆にストライクを取ろうと置きにいった甘い球を打たれるというケースが少なくなかった。球速はほとんど変わらなかったが、コントロールの面では上村との間には大きな差があった。

 夏の宮崎大会にはどちらかがベンチ入りすると見られていたが、結局ピッチャーとしてまとまっていた上村に軍配が上がった。戸郷はその夏、スタンドで応援することしかできなかった。それは野球人生で初めて味わった大きな挫折だった。

飛躍へのターニングポイント



聖心ウルスラ学園高時代の戸郷翔征。仲間とともに青春時代を駆け抜けた

 新チームとなって臨んだ秋季大会。戸郷も初めてベンチ入りを果たす。しかし当時の主戦は上村で、戸郷は3番手くらいの存在だったという。そして、チームは2回戦敗退と結果を残すことができなかった。

 冬からは小田原斉監督はトレーニングの強度を高めると同時に、食事においても徹底的に指導を行い、さらなるフィジカル強化を図った。おかげでひと冬を越えた戸郷の体はひと回り大きくなった。

 もともと1年の冬に出場した競技力大会では遠投部門で117メートルを投げて優勝するほど強肩の持ち主だった戸郷のピッチングは、傍目からも変化がわかるほどに大きく成長を遂げていた。春の大会前にはストレートの球速も5、6キロ伸び、常時140キロを超え、変化球のキレも増した。

「それまでは強くて速い球を投げれば抑えられると思っていたので、とにかく球速にこだわって投げていました。でも上村に1年の時に結果を出せなかった要因も、明らかに劣ってたのもコントロールだった。改めてコントロールの重要性を理解しました。

 そこから冬場に下半身を鍛え、胸の開きを抑えたフォームで投げられるようになったところ、右バッターへのアウトコースに角度あるストレートが投げられるようになったんです。これがとても大きかったと思います」(戸郷)

 最後の夏は甲子園には辿り着けなかったが、9月のU-18アジア野球選手権大会が戸郷の地元・宮崎で開催されることに。その壮行試合の相手として編成された宮崎県選抜のメンバーに選出。そこでの堂々としたマウンドさばき、強気なピッチングが、現在の指揮官である巨人・原辰徳監督の目に止まった。

「ジャイアンツに入団する時に聞いたのですが、原監督があの試合の映像を見てくださって、それで僕を指名することに決めたんだと。あの試合が、僕の人生の分岐点になりました。甲子園に行けなくても、あきらめずに練習を頑張って本当に良かったです」

 そんな戸郷にとって高校3年間はどんな日々だったのか。最後にこのような言葉で振り返っている。

「きつかった夏練、冬練をみんなで乗り越えながら甲子園を目指すというチームの団結力が、僕に力を与えてくれて、今につながっていると思っています。

 人間性も高校入学当初とはずいぶんと変われたんじゃないかと思っています。監督にはよく『最後は、人間性だぞ』と言われていたのですが、社会人になった今、本当にそのとおりだなと実感しています。なので、人に感謝する気持ちは今も一番大事にしています」

 ジャイアンツの若き右腕の心身を育んでくれた高校野球。そのかけがえのない日々のすべてが、戸郷の礎となっている。