さまざまな学問領域の第一人者である講師18人が、高校生に向けて語った授業。「高校生と考える」シリーズの最新刊だ。「世界から自分を考える」「文化を読み解く」「角度をつけて社会を見る」「言葉と生きる」「過去を通して人間を知る」「他者とつながる」の全6章、心理学、人類学、文学、言語学、科学哲学、精神医学、物理学などジャンルも多岐にわたり、自分という存在や、自身の興味の輪郭をつかむ手法が数多く提示されている。そういう意味で、興味の幅が狭まりがちな大人が読んでも、最新の学術成果に触れながら新たな発見が得られる本となっている。

 歴史学者の藤野裕子氏は、1905年のポーツマス条約に反対する国民集会に端を発して起こった「日比谷焼打事件」を題材に、ただ出来事を追うのではなく、タイムスリップして当事者たちの置かれた状況と感情にリンクする歴史学の手法を説き、この現象が実は現在でも起こっているヘイトスピーチの問題と本質的に同じであると指摘する。〈過去の見え方が変わると現代の見え方が変わります。そして、これからわたしたちが向かっていくべき未来も少しずつ形を成していく〉と、「歴史を知ることの力」を語った。

 聴衆が若いということもあって、大人向けの講座では聞けないようなメッセージにも触れられるのが本書の魅力だ。人類学者の磯野真穂氏は〈自分の意見を貫かなければ「自分らしく」ない。しかし「あなたらしい」と称賛されるためには他人の承認が必要。これは大きな矛盾です〉と、「自分らしさ」という方便に振り回される現代社会の問題を本音で語る。これを若いうちに教えてくれる大人がいるかどうかは、本当に大事。

 学者は、論文や専門書で研究成果を発表し、講義や学務もあるなかで、このように開かれた場で一般の聴衆でも理解できる言葉で語る「人文知コミュニケーション」を行う機会は頻繁にはない。「これもっと早く聞きたかった」が詰まった、このような取り組みが書籍化され大変有り難い。=朝日新聞2024年5月4日掲載

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 左右社・1980円。桐光学園中学校・高等学校での授業をまとめた。ほかに渡辺靖、トミヤマユキコ、尾崎真理子、都甲幸治、東畑開人の各氏ら。