昨秋、建て替えのために閉館した東京・千代田区の国立劇場が野ざらしのままだ。令和11年秋にリニューアルオープンするはずが、解体工事すら始まっていない。何が起きているのか。

 文化部記者が解説する。

「跡地には劇場施設に加えて、ホテルやレストランも併設された高層の大型複合施設が建つとの触れ込みでした。ところが昨年と一昨年に行われた再整備事業に関する2度の入札が不調に終わり、いまだに建設を請け負う業者が決まらない。再開場の時期が大幅に遅れることは避けられません」

 関係者たちの危機感は募る一方だ。2月中旬に複数の実演家たちが顔をそろえた、日本記者クラブにおける緊急会見はその表れだという。

「新劇系の団体とは異なり、保守的な伝統芸能の実演家が国の行政に物申すのは極めて異例。それだけ強い懸念を抱いているんです」

 苦境を訴えたのは11人。日本舞踊の井上八千代(67)と文楽の吉田玉男(70)という二人の人間国宝をはじめ、歌舞伎役者の中村時蔵(68)、雅楽、長唄、三曲、古曲の重鎮ら10人と有識者1人という布陣で、それぞれの口から厳しい言葉が相次いだ。

「時蔵が“大変由々しき問題です”と訴えれば、八千代は“ナショナルシアターがこの国にないこと、空白期間があることの恥ずかしさを知ってほしい”と語気を強めた。ほかにも“国は役割を放棄している”との怒りや、“古典芸能離れの危機を感じる”という切実な声もありました」

“一部に廃業の動きがある”と苦境を吐露

 とくに傾聴すべきは、日本舞踊の西川箕之助(64)の言葉だ。

「険しい表情で“一部に廃業の動きがある”と難局に直面していることを吐露した。コロナ禍の折には老舗三味線メーカーが廃業寸前まで追い込まれましたが、最近はカツラ関係の業者に経営危機が迫っているとか」

 無論、理由は明らかで、

「国立劇場は全国の舞踊家が“いずれはあそこで”と目指す憧れの舞台。その再開にメドが立たないことから、舞踊家のモチベーションが下がっている。代わる“晴れ舞台”として台東区の浅草公会堂が利用されているものの、格落ち感は否めず舞踊会の開催自体が減っている。そのあおりでカツラ業者の仕事も減っており、この状態が続けばさらに廃業が広がるでしょう」

「空白期間とファン離れがリンクしている」

 斯界の窮状は国会でも取り上げられた。今月4日の参議院予算委員会では、“ヒゲの隊長”こと自民党の佐藤正久参院議員が“国立劇場の建て替えに関し、歌舞伎や日本舞踊、文楽、落語など劇場関係者が伝統芸能の伝承の危機にあると訴えている”と述べた。

 芸能デスクが指摘する。

「岸田総理は“再整備までの実演場所の確保を支援していきたい”“必要な予算確保の努力は極めて重要”などと答弁しましたが、歌舞伎はすでに新国立劇場で、文楽は北千住のシアター1010や日本青年館で公演を続けています。ただ、観客の入りは芳しくなく、いずれも定員の半分すら埋まっていません。国立劇場の空白期間とファン離れがリンクしているのは明らか」

 先の実演家らの会見では、建て替えではなく改修案の再検討を求める声もあった。

「そもそもは大規模な改修案が有力でしたが、最終的に政府の方針で民間資金を活用した複合施設の建設案が採用された。800億円の建設費を誇る一大プロジェクトですが、数年来の原材料費や人件費の高騰で費用はさらに増える見込み。国が資金を出し渋って民間に丸投げした結果です」

 3度目の入札は近く実施の見込みだが、名乗りを上げる業者は出てくるか――。

「週刊新潮」2024年3月21日号 掲載