2024年1月クール(1月1日〜3月31日の3カ月間)の世帯平均視聴率争いにおいて、テレビ東京がゴールデン帯(午後7時〜同10時)でフジテレビを抜き、60年前の開局以来初の最下位脱出を果たした。ところが、ほとんど話題にならなかった。なぜだ?(視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区)【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

テレ東が最下位を脱出したが

 1月クールのゴールデン帯での世帯視聴率争いにおいて、テレ東の数字がフジを上回った。テレ東の5.48%に対し、フジは5.41%。しかし、テレビ界でも世間でもほとんど話題にならなかった。その理由の1つはフジの視聴率争いでの苦戦は半ば当たり前になっているからだろう。

 それより大きいのは、テレビ界もスポンサーも今は使っていない世帯視聴率での話だったから。「ほとんど」ではなく、「全く」使われていない。だから、この件を報じたのも一部スポーツ紙程度だった。

 2020年3月以降、視聴率の基準は個人視聴率となり、局もスポンサーも世帯視聴率には目もくれない。テレ東も使っていない。広告代理店、スポンサーが世帯視聴率には無関心なのだから、使い道がないのである。だから今回もテレ東は、最下位脱出を派手にPRしなかった。

世帯視聴率の致命傷

 世帯視聴率が使われなくなった理由は、その番組を何人観ていたかが分からないから。番組を観ていた家の数しか調べていないためである。一方、個人視聴率は視聴者総数、観ていた人の性別、年代が全て分かる。

 それより世帯視聴率の致命傷は高齢者が好む番組ほど数値が高くなってしまうこと。逆にフジ「月9」(月曜午後9時)やTBS「火曜ドラマ」(火曜午後10時)など若い世代を狙ってラブストーリーを流している放送枠の数字は上がらない。偏るのだ。

 だが、この特性がテレ東の世帯視聴率を押し上げた。「YOUは何しに日本へ」(月曜午後6時25分)、「開運!なんでも鑑定団」(火曜午後8時54分)、「出没!アド街ック天国」(土曜午後9時)、「家ついて行ってイイですか?」(午後8時50分)と、中高年以上に強い番組が揃っているためである。

世帯と個人では順位が変動

 1月クールの週単位のゴールデン帯での世帯視聴率争いにおいて、テレ東は1月第1週、同第4週、2月第1週、同第4週、同第5週、3月第2週、同3週でフジを上回った。これではフジが1月クールでテレ東に勝てるはずがない。2月第4週のテレ東の数字はTBSをも超えた。

 その2月第4週の各局のゴールデン帯における世帯視聴率の平均値は次の通り。

【2月第4週の世帯視聴率】
1位:テレビ朝日 10.0%
2位:日本テレビ 8.8%
3位:テレビ東京 6.8%
4位:TBS    6.6%
5位:フジテレビ 5.2%

 次に同じ2月第4週の個人視聴率を見てみたい。テレ東が健闘し、フジが劣勢なのは同じだが、順位が変動する。TBSとテレ東が入れ替わる。

【2月第4週の個人視聴率】
1位:テレビ朝日 6.0%
2位:日本テレビ 5.6%
3位:TBS    4.2%
4位:テレビ東京 4.1%
5位:フジ    3.3%

 これが世帯視聴率の危うさの1つである。視聴者総数を表す個人視聴率では下であろうが、観ている家が多いと数値が高くなってしまう。1人世帯であろうが、5人世帯であろうが、区別できない。

収益に直結するコア視聴率

 さらに各局が重視し、特に日テレとフジは最優先すると公言しているコア視聴率も記したい。コア視聴率とは13歳から49歳に限定した個人視聴率で、スポンサーが歓迎するから、収益に直結する。やはり2月第4週だが、順位は大きく変わる。

【2月第4週のコア視聴率】
1位:日本テレビ 4.6%
2位:TBS    3.2%
3位:フジ    2.8%
4位:テレビ朝日 2.3%
5位:テレビ東京 1.5%

「相棒」(3月末終了)や「ザワつく!金曜日」(金曜午後6時50分)などやはり高齢者に強い番組を有するテレ朝も世帯視聴率は高いが、コア視聴率は低い。その結果、CMの売上高はこうなる。最新の2022年度のものだ。2023年度の数字は2024年5月に出る。

【2022年度CM売上高】
1位:日本テレビ 約2369億800万円
2位:テレビ朝日 約1791億4100万円
3位:TBS    約1628億8500万円
4位:フジテレビ 約1603億8000万円
5位:テレビ東京 約1134億6600万円

収益と世帯視聴率は比例しない

 コア視聴率の良い日テレが断トツ。テレ朝はやや高く、TBS、フジにそう大きな差はない。テレ東は後れを取っている。なぜ、コア視聴率が良いと、CM売上高が高くなるのか。

 それはCMの出稿意欲の高い業種には若い世代を狙う携帯電話会社やプロバイダー、ゲーム会社、テーマパークなどのレジャー産業などが並ぶからだ。

 ちなみに「今、テレビ局にとっては動画が一番重要な時代」と言う向きもあるようだが、それが現実のものなるのはまだ先。TVerなど無料動画の全収益はCM売上高の約30〜50分の1に過ぎない。

 テレビ局は公共性が極めて強い業種であるものの、それでいて株主のいる民間企業でもある。収益を上げるため、若い視聴者を狙うのは仕方のない面もある。どんな業種にもターゲット層はある。

 半面、地上波の放送に満足できない中高年以上に向けて2000年に誕生した各局のBS局で、番組内容が十分とは言えないのも事実。いくらCMが入らないからといって、プライム帯(午後7時〜同11時)に古い2時間ドラマの再放送はいただけない。見直すべきだ。

 また、視聴率に対する理解を深める努力もすべき。たとえばフジの月9「君が心をくれたから」(3月末終了)やTBS「不適切にもほどがある!」は世帯視聴率の低さが指摘された。関係者は不本意だろうが、世帯視聴率がもう使われていないことやその特性を丁寧に説明しないからだ。

 3月18日放送の「君が心をくれたから」の最終回は世帯視聴率が6.6%。パッとしなかった。しかし、コア視聴率は2.5%で、この週放送されたドラマの中で3位だった。

 同23日放送の「不適切にもほどがある」の世帯視聴率は7.4%。やはりイマイチだった。だが、コア視聴率は2.6%で、この週のドラマで2位だった。

視聴率が2つある紛らわしさ

 なぜ、高齢者好みの番組のほうが、世帯視聴率が高くなるのか?

 ビデオリサーチ社は調査を行うにおいて、社会の実情をなるべく反映させようと努めている。その社会の実情はどうなっているのかというと、トレンディドラマ全盛期の1990年には、65歳以上の高齢者のいる世帯は全体の26.9%だった。全体の約4分の1である。

 しかし、世界に類を見ない少子高齢化によって、2021年には高齢者世帯率が49.7%にまで上昇した。全体の約半分だ(内閣府調べ)。高齢者好みの番組の世帯視聴率が高くなるのは当然なのである。

 逆に、数の少ない若い世代に向けた番組は世帯視聴率が低くなる。愛する人への犠牲心をテーマにした「君が心をくれたから」やナンセンスコメディ色も強かったTBS「不適切にもほどがある!」は高齢者にウケが良くなかった。だから両ドラマとも世帯視聴率は獲れなかった。

 視聴率が2つあることで視聴者にもたらされるメリットは考えられない。紛らわしいだけ。ちなみにテレビ先進国の米国は1990年には個人視聴率を導入し、世帯視聴率など存在しない。

「世帯視聴率は1962年に生まれたから、過去の数字と比較できる」と言う向きもある。しかし、世帯数や高齢者世帯率、家族人数が激変したのだから、今と昔を比べてもデータとして役に立たない。急ピッチで進行している少子高齢化があるから、10年前と比較することすらナンセンスだ。

世帯視聴率でのPRを続けるテレ朝

 池上彰氏は2年近く前の時点で「いま各テレビ局は世帯視聴率は問題にしていないんです。個人視聴率あるいはコア視聴率といって、世帯より個人が重視されるようになっています」と書いた(2022年6月3日、東洋経済オンライン)。

 日本民間放送連盟民放連会長でフジ副会長の遠藤龍之介氏(67)も昨年1月に「世帯視聴率は時代に合わなくなってきた」と公言している。それでも世帯視聴率は消えない。

 その理由の1つは世帯視聴率が良いテレ朝が「2023年度の年間世帯視聴率は2年度連続で3冠王」(4月1日)などとPRするからである。

 テレ朝も自分のところでは世帯視聴率を使っていないが、それでも数字の高さを誇示する。力をアピールしたいのだろう。はたして視聴者の利益が第1に考えられているのだろうか。日テレやTBS、フジは世帯視聴率での発表など一切しない。

「視聴率は観る側に関係ない」という人もいる。確かにその通り。ただし、どんな番組が世間でウケているのかを知っておいても損ではないはず。その上で自分の好きな番組を選べばいいのではないか。

 なにより、低視聴率番組を根拠なく「好調」と謳う民放もある。そんな虚言に騙されないためには視聴率を把握しておいたほうがいい。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。放送批評懇談会出版編集委員。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。

デイリー新潮編集部