「部長の肌、カッサカサじゃない?」「アナタ、おしぼりで顔を拭かないでよ!」「お父さん、クサい……」。中高年男性に日々降り注ぐ心無い一言。だが、そんなトゲある言葉の背景にも医学的根拠があった。皮膚科医が伝授する、3カ月で肌質が変わる簡単スキンケアとは。

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「メンズメイク」や「化粧男子」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。文字通り、これらは男性がするメイクや、日常的にメイクをする男性のことを指す造語です。一部の若い男性の間では、もはやお化粧が女性だけのものではなくなりつつあります。街を歩いていても、テレビを観ていても、奇麗にメイクをした男性を日常的に見かけるようになりました。

 でも、安心して下さい。今回の記事でお伝えしたいのは、男性の皆さんに「今すぐお化粧を始めましょう」ということでもなければ「しわもシミもないピチピチのお肌を目指しましょう」ということでもありません。

「年の功」よりも不潔な印象が…

 むしろ、豊かな人生を生きた証しが刻まれたシニア男性のお顔は大変魅力的です。優しく見える少しぼやけてきた輪郭も、たくさん笑ってできた目尻のしわも、さまざまな経験を積んでこられた人間ならではの魅力だと思います。

 ただ、そのような魅力も適切なお手入れをしていなければ台無しになってしまいます。髪の毛はボサボサ、肌は長年の日焼けでボロボロ、唇はガサガサ……。これでは、年の功よりも不潔な印象の方が勝ってしまうでしょう。

 そこで、これまで「美容」や「肌の手入れ」と無縁で生きてきたという中高年の男性の方々も、「足りないものを補う」くらいのつもりで、少しお肌に意識を向けてみるのはどうでしょうか。

さまざまな事情を持つ男性が相談に

〈そう語るのは、東京・丸の内にあるD-ISMクリニック東京で皮膚科医として男性の美容医療に取り組む樋口彩子氏だ。日本のビジネスの中心地で診療を行う樋口氏のもとには、「ビジネスの場で信用を得るため」「子どもの学校行事で恥をかきたくない」「夫婦仲を良好に」「介護を受けるときのため」など、さまざまな事情を持つ幅広い年代の男性が相談に訪れるという。

「美容医療」と言われると抵抗を感じる人がまだまだ少なくない。だが、「肌」は他人が接する最初の「自分」であり、私たちの体を外の世界から守る最初の砦でもある。適切な手入れを怠れば、第一印象は最悪だし、思わぬ病気にかかることもあるのだ。〉

女性より早く皮膚の老化が

 私たちの皮膚は1枚の膜で構成されているわけではなく、幾重にも層が重なった構造をしています。皮膚表面から内部に向かって存在するのが、「表皮」「真皮」「皮下組織」の三つの層。表皮の最外層は「角層」で覆われ、さらにその角層の上を「皮脂膜」が覆っています。

「角層」は美容上最も重要な役割を担っていて、肌のキメはこの角層の状態を反映しています。また、その角層を覆う「皮脂膜」は、皮脂を主体に汗や角層の分解産物が混じり合ってできており、皮膚の水分保持機能や有害物質の侵入防止、感染防御機能などを担っています。

 若い男性の中には脂分でギトギトしたいわゆる「てかり肌」という脂性肌に悩んでいる方も多いと思います。これはホルモンの影響により皮脂の分泌が過剰になって起こるものです。

 一方、50歳を過ぎたあたりからはホルモンバランスの変化やそれに伴う皮脂量の減少によって、少しずつ乾燥しやすい肌に転換していきます。また、男性は女性に比べ、喫煙や飲酒、乱れた食生活など肌に悪影響を及ぼす生活習慣を持っている方も多いでしょう。さらに毎日のひげそりや無防備に浴びる紫外線などにより角層がダメージを受けて、女性より皮膚の老化が早く進むケースも見られるのが実際です。

洗顔のポイントは?

 また、ギトギトした「てかり肌」を回避すべく、制汗シートを使ったり、頻繁に洗顔をしたりする男性もいるでしょう。ところが、制汗シートや洗顔料によって皮脂膜が洗い落とされてしまうと、新生するまでに時間がかかるため、水分保持力が低下し乾燥を招いてしまうケースもあります。このため、男性の皮膚は「てかてか・ギトギトしているのにカサカサ」という乾燥性脂性肌状態に陥ってしまうことも多いのです。

 市販の洗顔料を使って顔を洗うのは、朝と夜の1日2回だけで十分。ポイントは洗顔料をしっかり泡立てて使うことと、ぬるま湯で洗うことです。

 熱々のお湯の方が汚れも落ちやすいと思いがちですが、熱いお湯では必要な皮脂まで取り除いてしまい、かえって肌トラブルを起こしかねません。

 また、洗顔料をしっかり泡立てるのは、顔を洗う際に手や指が直接顔に触れることで肌を刺激し過ぎないようにするため。泡立て用のスポンジやネットを使うのが面倒な方には、泡で出るタイプの洗顔料も販売されているので、そういったアイテムを使ってみるのもお勧めです。

 すすぐ際にはすすぎ残しがないよう、髪の生え際やフェイスラインの裏側までしっかりと洗い流し、清潔なタオルで顔を優しく押さえるように水分を拭き取ります。

 日中、汗やてかりが気になるときも、ハンカチや油取り紙で鼻の横など気になるところを軽く押さえる程度にしておきます。決してゴシゴシ拭き取ってはいけませんし、定食屋や居酒屋のおしぼりで顔を拭くのも、美容の観点からはお勧めしません。洗顔の回数を減らすと皮脂が気になるかもしれませんが、3カ月ほどこのルールを続けていれば、肌質が変わるのが分かると思います。

化粧水と乳液は「使わないのが一番ダメ」

 それから、洗顔後は「保湿」も忘れないようにして下さい。洗顔後の肌は、水気があっても皮脂はほとんどない状態。そこで「化粧水」で水分を補い、その水分が逃げないよう「乳液」で蓋をします。

 化粧水には角層に水分や保湿成分を補給する「柔軟化粧水」と、保湿に加えて過剰な皮脂を抑制したり、肌を一時的に引き締めたりする「脂性肌用化粧水」「収れん化粧水」があります。一般的には冬に前者を、夏に後者を使用することが多いのですが、最初のうちはいろいろな商品を試してご自身の肌に合ったものを探すといいでしょう。最初から完璧を目指す必要はありません。とにかく化粧水と乳液は「使わないのが一番ダメ」なのです。

 ひげそりを行う方は、ひげそり後も同様に保湿ケアを行って下さい。ひげそりは肌のバリア機能を担う角層ごとそぎ落としてしまうため、皮膚の水分が逃げ、乾燥やかみそり負けといった肌トラブルを引き起こしやすくなってしまいます。

 さて、さきほど「紫外線」というキーワードが出ましたが、私がこれまで接してきた患者さんの中でも、紫外線対策を行っている方は非常にまれ。ですが、男性の肌悩みの大部分を占める「シミ」や「しわ」「イボ」「たるみ」といったトラブルは、ほとんどが太陽光線の中の紫外線が原因になっているのです。

「加齢による老化」は実は2割

 健康維持に必要なビタミンDが皮膚で作り出されるため、太陽光を適度に浴びることは欠かせません。ただ、私たちが生きる上で必要な量のビタミンDを作り出すのには、地域や季節にもよりますが、おおむね5分から10分程度で十分だといわれています。その時間を超えて無防備に太陽光線を浴び続けると、肌に「光老化」という現象を引き起こしてしまうのです。

 肌の老化には、この「光老化」と「加齢による老化」がありますが、その内訳は「光老化」がなんと8割。「加齢による老化」は2割程度に過ぎません。

 たとえば「シミ」は、医学的に言えば皮膚表面に現れた色素沈着です。太陽光線に含まれる紫外線の影響で、メラニン色素を作るメラノサイトという皮膚の細胞が活性化。これによりメラニンが過剰に生成されることで、色素沈着が起こります。

 通常、過剰なメラニンは、代謝による皮膚の生まれ変わり(ターンオーバー)で不要な角質が剥がれ落ちるのと一緒に皮膚の外へ排出されます。この皮膚のメラニン排出機能が円滑に作用しなくなったり、ターンオーバーが追い付かなくなったりしてしまうと、シミになって残るのです。

保湿ケアでは予防・改善できない

 また、「しわ」や「たるみ」も、紫外線の影響を強く受けています。

「しわ」は皮膚表面の乾燥に起因する表皮性のしわと、光老化の症状である真皮性のしわに大別されます。前者は角層の水分が失われ、キメが乱れることでできる浅い小じわであり、乾燥や紫外線対策を行うことで真皮性のしわへの移行を防ぐことができます。一方、真皮性のしわは、紫外線の影響で真皮に変化が起こり、その結果、肌のハリと弾力が失われてできる深いしわ。残念ながら、保湿ケアでは進行を食い止めることができません。

「たるみ」もしわのメカニズムと似ていて、自然老化と光老化が重なり真皮の線維が減少することで起こります。目の下のふくらみや深いほうれい線もたるみの一症状であり、こちらも保湿ケアなどでは予防・改善できません。

遺伝子に傷が

 さらにこの「光老化」が恐ろしいのは、最悪の場合、皮膚がんを発症するケースもあるということです。紫外線が皮膚の細胞に照射されると、細胞内にある遺伝子に傷が生じます。通常であれば、この傷は元通りに修復されるのですが、長年にわたって繰り返し傷つけられてしまうと、遺伝子がうまく修復されず変異を起こすことがあるのです。この変異を生じた部位がたまたまがんの発生に関わる遺伝子であった場合、その細胞は勝手に増殖を始めて、がんになります。

 このようなメカニズムで起こる皮膚がんで多いのは「日光角化症」という病変を伴うものです。日光角化症は紫外線を浴びやすい頭や顔、手などに多く、皮膚表面に赤みがかったデキモノが現れます。日光角化症を起こしていても「イボ」と認識している方が多いため、このような症状には注意が必要です。

 このように恐ろしい病気も引き起こしかねない光老化。防ぐためには、とにかく紫外線からの防御が重要です。朝、洗顔して保湿ケアを行った後、家を出る前に、日焼け止めクリームを塗るのを忘れないようにして下さい。

「ミドル脂臭」

 一般的に冬の紫外線は夏に比べて弱いのですが、豪雪地帯では雪による反射で普段の2倍近い暴露を起こしてしまうこともあります。豪雪地帯でなくとも紫外線はゼロではありませんから、冬でも日焼け止めを塗る方がよいでしょう。

 また、紫外線は薄い雲では80%以上が通過してしまいますので、曇り空でも油断は大敵です。さらに、太陽光の熱さを感じるのは紫外線ではなく赤外線によるものですから、熱さを感じないからといって日焼けをしないわけではありません。

 日焼け止めは一回塗れば効果が長時間持続するものではありませんから、冬も夏も、一日に何度か、数時間おきに塗り直すようにして下さい。

〈ぬるま湯としっかり泡立てた洗顔料で優しく洗う。化粧水と乳液で保湿ケアを行い、外出時には日焼け止めを忘れない――。これならスキンケア未経験の男性でも無理なく始められそうである。

 しかし、男性の肌トラブルといえば、乾燥やしわなど目に見える変化だけにとどまらない。「臭い」の問題こそ、その代表的なものであろう。

 中高年男性の「臭い」といえば、真っ先に思い浮かぶのは「加齢臭」だ。だが樋口氏によれば、近年、加齢臭とは異なる「ミドル脂臭」と呼ばれる体臭のケアも注目を集めるようになっているという。〉

「使い古した油の臭い」

 加齢臭が50代以降の男性で特に顕著になる体臭を表すのに対し、ミドル脂臭は30〜40代に発生する体臭を指します。

 ミドル脂臭は「ジアセチル」という成分が原因。ジアセチルは、頭部にある汗腺の一部から分泌される乳酸が頭皮の常在菌により代謝・分解されることで生み出されます。一方で、頭部の皮脂腺から分泌される皮脂は、リパーゼという酵素の働きで代謝・分解され、これにより中鎖脂肪酸が生成されます。この中鎖脂肪酸がジアセチルと結びつくことで、さらに臭いが増幅され、ミドル脂臭となるのです。加齢臭は「枯草のような臭い」と形容されることがありますが、このようなメカニズムで発生するミドル脂臭は「使い古した油のような臭い」がすると言われます。

臭いの拡散力は加齢臭の100倍

 また、加齢臭が主に体幹部や背中から出るのに対し、ミドル脂臭は後頭部付近から発生することが多い。しかも、ジアセチルは口臭の原因成分の1.4倍、足の臭いの原因成分の1.5倍も臭気が強く、さらに臭いの拡散力は加齢臭の100倍ともいわれています。そのため、加齢臭よりも他人の嗅覚に触れやすく、枕などに臭いが残りやすいという困った特徴があるのです。

 このような体臭を抑えるため、30代以降は毎晩の洗髪に加え、朝の洗顔時に洗顔料の泡を使って耳の裏から首筋まで洗うことがお勧めです。さらに、日中も耳の裏から首元にかけて市販の制汗シートやデオドラントシートで優しく拭き取るのも効果的でしょう。この際、顔と同じく“ゴシゴシ”と強く拭き上げないことが大切です。

「人は見かけによらない」と言いますが、一方で、見た目の清潔感が人の第一印象を左右するのも事実。正しい皮膚科学の知識に基づいて顔や髪、体臭にほんの少し気を使うだけで、新たな世界が広がるかもしれません。

樋口彩子(ひぐちあやこ)
D-ISMクリニック東京・皮膚科医。帝京大学医学部卒業後、東京慈恵会医科大学付属第三病院にて初期研修を修了し、同大病院皮膚科学講座に入局。現在はD-ISMクリニック東京で皮膚科一般診療や美容皮膚科診療を行う。 日本皮膚科学会、日本美容皮膚科学会、日本再生医療学会などに所属。

「週刊新潮」2024年1月25日号 掲載