大正製薬「リポビタンD」でおなじみの「タウリン」。実はこの物質には“ファイト一発!”だけではないさまざまな効能が隠されていた。国際タウリン研究会日本部会の理事長も務める福井県立大学の村上茂教授に聞いた、健康長寿に欠かせないタウリンの全貌とは。

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 リポビタンDの印象的なCMのおかげで、日本で「タウリン」という物質名を聞いたことのない人はあまりいないかもしれません。ただ、栄養ドリンクの成分ということもあり、タウリンに対して“元気の源”みたいなイメージを持っている人も多いことでしょう。でも、この物質の実力はそんなものじゃないんです。

 タウリンは生命の誕生・進化と密接に関係し、生活習慣病から肌の美容、精神の安定まで、実にさまざまな効能を有しています。

 昨年6月には、国際的な総合科学雑誌である「サイエンス」に、米国コロンビア大学などの国際研究チームが、タウリンの老化防止(アンチエイジング)作用を証明する実験結果を発表しました。タウリンを投与したマウスで寿命が10%以上延びるとともに、サルで加齢による体重増加の抑制、骨量や筋力の増加、不安行動の抑制などが認められたのです。この寿命の延びはヒトでは7〜8年に相当します。ヒトでも同様の作用が期待されますが、効果は現段階では不明で、今後の研究結果を待たねばなりません。

〈生活習慣病や美容に効果があるというだけでも驚きだが、寿命が延びる可能性まで取り沙汰されているとすれば、ただ事ではない。

 一体、タウリンとはいかなる物質なのだろうか。〉

体重の0.1%

 タウリンは無味無臭の白い粉末で、ほとんどの生物の体内に存在しているといわれています。ヒトの体内にも体重の約0.1%のタウリンが存在しており、体重60キロの方であれば約60グラムのタウリンを体内に有していることになります。

 タウリンは主に肝臓や脳で合成される他、肉や魚を食べることによって外部から摂取することもできます。われわれが体内でタウリンを合成するように、牛や豚、鶏、魚も体内でタウリンを作り出しており、量の多寡はありますが、これらの食材などにもタウリンが含まれているのです。

タウリンの役割とは?

 タウリンの役割は、一言で言えば「生体恒常性維持機能」。つまり、細胞や臓器が正常に働けるように細胞内の環境を整えたり、外部環境の変化から細胞を保護したりする役割を担っています。タウリンはほぼ全身の組織に存在し、日々、細胞や臓器が正常に機能するよう、機械の潤滑油のような働きをしているのです。

 例えば、この生体恒常性維持機能の一つに「浸透圧の調節」が挙げられます。地球上の生命体は約38億年前に海の中で誕生したのですが、体内の塩分濃度は海水よりも低いため、浸透圧を調節しなければ細胞内の水分が体外に排出され命を落とすことになってしまいます。そこで、海水と体内の浸透圧差を調節するために用いられたのがタウリンなのです。

 このような機能から、タウリンは陸で暮らす動物よりも魚や貝類に多く含まれることが分かっています。また、野菜にタウリンが全く含まれていないのに対し一部の海藻類にタウリンが含まれているのも、この浸透圧調節の機能が関係していると考えられています。

 生命誕生の頃から生物の体内に存在しているタウリンですが、人類がタウリンを“薬”として利用してきた歴史も意外と古いんです。

日本海軍も乗組員に投与

 タウリンは今から200年ほど前の1827年にドイツの2人の科学者によって牛の胆汁から発見され、雄牛を表すラテン語の「タウルス」にちなんでタウリンと名付けられました。しかし中国では、それよりはるか昔からタウリンが漢方薬の一成分として用いられていました。中国には、紀元前から強心、鎮静、解毒、疲労回復、滋養強壮、不老長寿などに効くとされてきた「牛黄(ごおう)」という漢方があります。これは牛の胆汁中にできる胆石のことで、後の研究でタウリンがふんだんに含まれていることが分かったのです。

 日本でもタウリンは戦前・戦中から大いに利用されてきました。第2次世界大戦中には日本海軍がタウリンの効果に注目し、戦闘機のパイロットや潜水艦の乗組員に投与していました。急上昇と急降下を繰り返す戦闘機のパイロットは疲労が激しく、丸1日休みを取る必要があったのですが、タウリンを投与したところ短時間で体力が回復したそうです。

 また、タウリンによって結核やリウマチの痛み、じんましんの痒みが改善することが知られており、戦前にはそのような患者にタウリンを注射することも行われていたようです。いわば鎮痛剤や痒み止めとしてタウリンが用いられていたのです。

合成と天然の違いは?

 今でこそタウリンは化学合成によって生成することができますが、戦前や戦中は全て「天然のタウリン」が用いられていました。北海道などでタウリンが豊富に含まれるタコ等の海産物を煮詰め、その煮汁を濃縮することでタウリンを調製するのです。海外でもタウリンの研究は行われていましたが、実際に海産物からタウリンを抽出し、実用的な目的で利用していたのは日本だけだったといいます。

 このような状況の中で、戦後、タウリンの作用に注目した大正製薬がタウリン入りの栄養ドリンクを開発。「リポビタンD」として大ヒットしたというわけです。

 ちなみに、現在、栄養ドリンクなどに入っているタウリンはほとんどが化学的に合成された「合成タウリン」と呼ばれるものです。戦前のように天然タウリンを抽出することもできるのですが、合成タウリンが1キロ当たり1000円程度なのに対し、天然タウリンは1キロ当たり5万円程度と50倍もの開きがある。それでいて合成タウリンの効能は天然タウリンと全く同じですから、価格の高い天然タウリンは栄養ドリンクなどにはほとんど使われていません。

日本では食品に添加できず

 ただ、日本で天然タウリンが全く利用されていないかというと、そうでもない。一部の健康食品などでは現在も天然タウリンが配合されています。というのも、日本では合成タウリンは医薬品扱いされているため、食品などに添加することができないのです。

 海外では合成タウリンも食品扱いですから、健康食品やサプリメントとして広くタウリンが利用されていますが、日本では薬機法に引っかかってしまう。栄養ドリンクはどうなっているかというと「指定医薬部外品」の扱いを受けているため、合成タウリンを用いることができるわけです。従って医薬品の指定を受けず、「清涼飲料水」として食品扱いになっている海外発の「エナジードリンク」は合成タウリンを配合できず、アルギニンなど類似物質で代替していたりします。

肝機能改善や心不全治療に

 医薬品扱いと聞けば「合成タウリンにも副作用があるんじゃないか」と心配になるかもしれませんが、この点も天然タウリンと違いはありません。体質などでタウリンを多く摂取すると下痢をする方もおられますが、栄養ドリンクなどに入っている1〜3グラム程度であれば、1日の摂取量として特に心配はないでしょう。

〈人類、とりわけ日本人とは戦前から密接な関係があったというタウリン。現状で認められている効能にはどのようなものがあるのだろうか。〉

 医療用医薬品として効能が認められているのは肝機能改善(高ビリルビン血症)、心不全治療(うっ血性心不全)およびミトコンドリア病(MELAS)症候群における脳卒中様発作の抑制です。これ以外に、ヒト試験において血圧低下作用などが論文で報告されています。

 例えば、心不全患者を対象にした試験で、タウリン1日3グラムを4週間投与したところ、心不全特有の息苦しさや動悸、疲労しやすさといった自覚症状、むくみや腹水などの症状が改善されました。これはタウリンが弱った心臓の収縮を助けることで心不全の諸症状が改善したものと考えられています。

 また、高血圧との関係でもさまざまな試験が行われています。例えば高血圧の患者に1日6グラムのタウリンを投与したところ血圧の低下が確認できたという研究や、尿中タウリン排泄量の調査から、高血圧患者の体内でタウリン量の低下が確認できたという研究が知られています。さらに、高血圧患者に1日60分の運動を週3回、10週間継続してもらった結果、血圧が低下するとともに血中のタウリン量が増加したという研究もありました。つまり、増加したタウリンが血圧の低下に寄与した可能性があるということです。

運動能力の向上

 もちろん、医学的に承認されるところまでいってはいないものの、有効性が期待されている効果もたくさんあります。

 その一つが、運動能力の向上です。

 体内のタウリンは6〜7割が筋肉に存在し、そこでタウリンは筋肉の収縮を助ける役割を果たしているのです。筋肉の収縮にはカルシウムが必要なのですが、タウリンにはカルシウムを引っ張ってくる作用があります。実際、タウリンを何日間か投与したマウスは動きが俊敏になるようで、マウスが元気で手でつかみにくくなっているというような話を研究者の間でよく耳にします。

 また、タウリンが面白いのは作用する場所によって全然違う働きをするという点です。

 例えば、脳に存在するタウリンは、交感神経の働きを抑制して興奮を鎮める作用があるんです。戦前にタウリンを鎮痛剤として注射していた話をしましたが、これはまさにこの鎮静作用を利用したものといえます。脳では興奮を鎮め、筋肉では収縮を増強し運動能力を上げるわけですから、タウリンは脳と末梢で真逆の働き方をしているわけです。

 また、先ほどタウリンの浸透圧調節機能について述べましたが、表皮に存在するタウリンは、われわれの皮膚の浸透圧の調節にも一役買っていることが分かっています。つまりタウリンは皮膚の表皮細胞が水分を保持するうえで重要な役割を担っており、保湿効果を発揮してくれるのです。

合成能力は加齢によって低下

 小さくて単純な構造のタウリンがどうしてここまで多くの効能を持つのかについては、専門家の間でも「ミステリー」「驚異的」との声が上がるほど。まだまだ分かっていない効能もたくさん隠されていると思われます。

〈神秘的とさえいえる数々の効能。合成タウリンが医薬品扱いになっている日本で、タウリンを補給するためにはどうすればいいのだろうか。〉

 冒頭で紹介した「タウリンでマウスの寿命が10%延びた」という「サイエンス」の論文では、ヒトの加齢と血中のタウリン濃度の関係を調べたところ、60歳では5歳時点の約3分の1までタウリン濃度が低下していることが分かったと紹介されていました。つまり、タウリンの合成能力は加齢によって低下する可能性が示唆されたのです。

 ところが、かつてある県の健康診断データを利用して年齢と血中タウリン濃度の関係を調べる研究を行った結果、日本人では加齢による血中タウリン濃度の減少は見られませんでした。「サイエンス」に発表された研究は欧米人を対象に行われたものですが、日本人と欧米人で何が違うと考えられるのか。

日本人と欧米人の違い

「サイエンス」の結果同様、おそらく日本人も加齢に伴いタウリンの合成能力自体は低下する可能性があります。ただ、日本人は昔から欧米人に比べ魚など海産物をたくさん食べる食生活を送ってきた。タウリンは海産物に多く含まれますから、日本人は加齢に伴って低下したタウリンの合成能力を外部からの摂取で補ってきたのではないかと考えられます。つまり魚を多く使う「和食」文化がある日本では医薬品である「合成タウリン」を手に入れるまでもなく、食事によって十分タウリンを補うことができるのです。

 実際、世界25カ国で20年近くにわたり実施された国際疫学研究では、日本をはじめとする食事からのタウリン摂取量が多い地域で心筋梗塞など循環器疾患による死亡率が低いことが証明されています。

海産物を週に3〜4回

 タウリンは魚に多く含まれていますが、それ以上に豊富なのは貝類やタコ、イカです。貝類は魚のようにエラによって余分な塩分を排出することができないため、浸透圧調節のために魚より多くのタウリンが必要になるのではないかと考えられています。また、タコやイカは魚と違ってうろこがないため浸透圧の影響を受けやすく、タウリンが多く必要なのではないかという説、タコやイカは脚を激しく動かして運動するため、筋収縮に必要なタウリンがより多く蓄積されているのではないかという説などが唱えられています。

 いずれにせよ、魚や貝、タコ、イカといった海産物を週に3〜4回、主菜として食べるような食習慣があれば、“タウリン不足”ということはまずないと思います。

 注意しなければいけないのは、タウリンは水によく溶ける性質を持つという点です。そのため、グツグツ煮たりすると大半が煮汁に溶け出してしまいます。スープや鍋のようにして煮汁も飲めればいいのですが、魚の煮付けのように煮汁を飲むと塩分を過剰に摂取することになるケースもあるので注意しましょう。焼き魚などはタウリンが溶け出すこともないので、効率よくタウリンを吸収したい人にはお勧めです。

 何より大切なのはバランスの良い食事です。魚ばかり食べるのではなく、肉も食べ、魚も食べる。そうしてタウリンを摂取することができれば、さらなる健康長寿が期待できるかもしれません。

村上 茂(むらかみしげる)
福井県立大学看護福祉学部特命教授。薬学博士。1956年生まれ。京都大学大学院農学研究科修士課程修了。民間の製薬会社を経て、2014年、福井県立大学生物資源学部教授に就任。国際タウリン研究会日本部会理事長。23年より現職。

「週刊新潮」2024年2月22日号 掲載