外に出てうららかな春を満喫といきたいところだが、私たちの前には“大敵”が立ちはだかる。スギ花粉だ。毎年襲い掛かってくるこの敵とどう向き合えばいいのか。実は、病院に頼らずとも、市販薬で十分に対処可能だという。そこで気になる「最も効く薬」とは。【児島悠史/薬剤師】

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 くしゃみが出て、鼻水が止まらず、その上、鼻詰まりがひどくて、目もかゆくてたまらない……。

 いよいよ花粉が飛び交う季節を迎えました。私自身、花粉症に悩まされてきましたが、ある「心強い味方」のおかげで症状を抑えることができています。お医者さんの手を借りずとも、うっとうしくて、煩(わずら)わしい花粉症の苦しみから解放してくれる私たちの味方、それは市販薬です。

〈こう解説するのは、薬剤師の児島悠史氏だ。「薬剤師が作る『正しい薬の情報』」を掲げ、ブログ「お薬Q&A〜Fizz Drug Information」等で市販薬をいかに有効に使って健康を維持し、促進するか、そのテクニックを児島氏は説いてきた。

 例年、3〜4月にピークを迎えるスギ花粉の飛散。都内に住む人の48.8%が花粉症というデータもあるほどで、もはや花粉症は日本人の「国民病」といえる。いかにしてこの困難な季節を乗り切るか――。

 多くの人がそうした悩みを抱えるなか、『ドラッグストアで買えるあなたに合った薬の選び方を頼れる薬剤師が教えます』の著作がある児島氏は、「大抵の場合、花粉症は市販薬で十分に対処できる」と説明する。〉

医療用と一般用の違い

 大雑把に言うと、薬には二つの種類が存在します。医師の診察を受けて処方箋をもらい、薬剤師が調剤する医療用の薬と、医師の診察を介さずにドラッグストアで買える一般用の薬です。後者は「Over The Counter」、つまりカウンター越しに買える薬ということで「OTC医薬品」とも呼ばれます。

 両者の違いは何でしょうか。お医者さまに出していただく医療用医薬品のほうが効き目が良くて、誰でも手に入れられる一般用医薬品のほうが劣ると考えている人がいるかもしれませんが、それは正しい認識とはいえません。

 分かりやすく言うと、医療用は、基本的に生死にかかわるような病気を治す薬で、一般用は生死に直結するわけではないけれど、日々の不快さを改善、解消してくれるもの。そう理解していただければと思います。

病院で処方される薬と同じものが買える

 例えば、まさに命にかかわるがん治療のための抗がん剤や、高血圧、糖尿病に対処する薬などは、そもそも一般用としては売られていません。一方、水虫や風邪、乗り物酔い、そして花粉症といった、それになったからといってすぐに死ぬわけではないような症状に対処する薬は一般用としても売られています。

 もちろん、水虫や風邪、花粉症も、病院で受診し医療用医薬品を処方してもらうこともできますが、これらの症状に処方される薬のラインナップは、医療用と一般用でほぼ変わりません。ドラッグストアでも、病院で処方される薬と同じものを購入できる、ということです。

 したがって花粉症も、ぜんそくやじんましんが出るなど全身にアレルギー症状が現れているようなケースを除けば、病院に行かずとも一般用医薬品で十分に対処が可能なのです。それでは、どんな薬を選べばいいのでしょうか。

市販薬のほうが優れている点も

 花粉症の薬の「二大巨頭」は、飲み薬である「抗ヒスタミン薬」と、「ステロイド点鼻薬」です。そして現在、「最も効果的な花粉症薬」とされ、世界的にも主流になっているのはステロイド点鼻薬です。花粉症の症状としては、くしゃみ、鼻水、鼻詰まりが挙げられますが、炎症をダイレクトに抑え込むステロイド点鼻薬は、これら三つの症状全てに対して、抗ヒスタミン薬よりも高い効果があります。

 もともと花粉症薬としては抗ヒスタミン薬が主流でした。生死にかかわらない花粉症にステロイドをもって対処するのは、例えるならば、ひったくり犯を捕まえるのにロケットランチャーを用いるくらいオーバースペックなのではないかと考えられていたからです。

 しかし、臨床研究が積み重ねられていくなかでステロイド点鼻薬の有効性や安全性が確認され、むしろこちらを主軸として使ったほうが花粉症の症状をしっかり抑えることができる、ということが分かってきました。そのため、鼻詰まりには効きにくく、眠くもなりやすい抗ヒスタミン薬を使うよりも、ステロイド点鼻薬をメインで使うのがいいというのが最近の世界的な潮流となっているのです。

 そのステロイド点鼻薬に関しても、先ほど説明した通り、医療用医薬品と一般用医薬品で効き目はほとんど変わらないといえます。違いがあるとすれば、現在、医療用のステロイド点鼻薬は1日1回で済むのに対して、一般用は1日2回、鼻に噴霧する必要があり、「1回分だけ面倒くさい」といった点くらいです。この1回分の手間さえ我慢すれば、市販薬で十分に対処できます。それどころか、市販薬のほうが優れている点もあるのです。

〈季節性アレルギー専用〉がポイント

 誤解を恐れずに言うと、医療用医薬品は「味気の無い薬」です。治療に必要な成分だけで作られていて“遊び”がない。もちろん、医療用医薬品の目的は病気の治療ですから、遊びがないこと自体は何ら悪いことではありません。

 他方、一般用医薬品は、メントールの成分が加えられていて点鼻したときにスッとしたり、あるいは薬液にラベンダーの香りが付けられていたりすることもあります。こうしたちょっとした遊び心というか、使用者目線での付加価値があったりする利点も一般用医薬品にはあるのです。

 では、市販のステロイド点鼻薬はどんなものを選べばいいのでしょうか。

 花粉症はアレルギー症状のひとつですが、アレルギー性鼻炎用の点鼻薬は山ほど売られています。一方、季節性アレルギー、つまり花粉症に狙いを定めた点鼻薬は実は限られています。それをどう見極めるのか。単純ですがあまり知られていないのが、薬のパッケージに〈季節性アレルギー専用〉と謳(うた)われているか否かというポイントです。

 季節性アレルギー専用のステロイド点鼻薬は、スギ花粉が飛散する2月中旬から5月中旬までの約3カ月間、1日2回噴霧し続けても問題がなく、また使い続けることで効果を発揮する、文字通り季節性アレルギーに特化した薬です。

緊急時以外は…

 これに対して、広くアレルギー性鼻炎に用いる点鼻薬には、花粉症治療には「余計な成分」が入っていたりします。例えば血管収縮剤です。鼻に噴霧してから10分もすれば鼻詰まりが軽くなり、2〜3時間効果が持続します。瞬時に不快感が解消される即効性があるため、つい頼りがちですが、使い続けていると薬が原因で鼻の粘膜が腫(は)れ、鼻詰まりがかえって悪化してしまう「薬剤性鼻炎」を引き起こす危険性があります。

 血管収縮剤が配合された点鼻薬は、あくまで緊急避難のための「ピンチヒッターの切り札」としての使用にとどめるべきです。これから大事な面接試験がある、あるいは結婚式でのスピーチが控えているのに、鼻詰まりがひどくて話すこともままならないといったような切羽詰まった時には使ってもいいでしょう。

 そうした緊急時以外は、ピンチヒッターに頼らず、毎日、頑張ってくれる「スターティングメンバー」とでも言うべき「季節性アレルギー専用のステロイド点鼻薬」の使用をお勧めします。具体的な商品を調べるには、例えばOTC医薬品メーカー72社加盟の「日本OTC医薬品協会」がサポートする「おくすり検索」というサイトが役立つと思います。

「非鎮静性」がお勧め

〈そこで実際に、同サイトで〈季節性アレルギー専用〉と検索してみると、以下の8商品が紹介されている。

・ST点鼻薬クールプラス〈季節性アレルギー専用〉(奥田製薬)

・アスピー点鼻薬EXa〈季節性アレルギー専用〉(日邦薬品工業)

・エージーアレルカットEXc〈季節性アレルギー専用〉(第一三共ヘルスケア)

・エメロットST点鼻薬〈季節性アレルギー専用〉(奥田製薬)

・ナザールαAR0.1%〈季節性アレルギー専用〉(佐藤製薬)

・ナザールαAR0.1%C〈季節性アレルギー専用〉(佐藤製薬)

・パブロン鼻炎アタックJL〈季節性アレルギー専用〉(大正製薬)

・フルナーゼ点鼻薬〈季節性アレルギー専用〉(グラクソ・スミスクライン・CHJ)〉

 どうしても鼻に噴霧するのが苦手という人の場合、飲み薬である抗ヒスタミン薬での治療が中心になります。抗ヒスタミン薬には「鎮静性」と「非鎮静性」の2種類がありますが、花粉症治療では眠くなりにくい「非鎮静性」のものを選択することをお勧めします。

「鎮静性」の薬は眠くなりやすいだけでなく、特に50代から60代以降の世代の方が使うと、緑内障や、前立腺肥大による排尿障害を悪化させる可能性があります。これらの疾患は、自覚症状なく抱えているケースも多いため、薬の使用がきっかけで発症することもあり、注意が必要です。

高額過ぎる目薬

 花粉症のもうひとつの大きな症状である目のかゆみに対しては、先述のステロイド点鼻薬や飲み薬の抗ヒスタミン薬でも対応できますが、目薬を使うという選択肢もあります。「抗ヒスタミン薬」と「遊離抑制薬」の2種類の目薬がありますが、目立った優劣はありませんから、どちらを使ってもいいでしょう。

 むしろ留意すべきなのは「高額過ぎる目薬」です。高価な目薬には、かゆみを抑えるだけでなく、目の充血を解消する成分や潤い保持成分、また疲れ目に効く成分やビタミンなど、多くの成分が含まれていることがあります。しかし、単にかゆみを解消したいのであれば、これらの成分は余分といえます。もちろん、目の充血も解消したいし、疲れ目も一緒に改善したいという人は別ですが、ことかゆみ解消に関して言えば、潤い保持成分などは不要でしょう。高い薬だから、かゆみにものすごく効くというわけではないのです。

薬剤師も消費者が選ぶ時代

 これまでの話を踏まえた上で、ドラッグストアに行ってご自身で市販薬を選ぶことができればいいのですが、そう言われてもやっぱり薬選びに迷うという人は、ぜひ、ドラッグストアにいる薬剤師や登録販売者に相談してください。例えば、薬のパッケージには「血管収縮剤」とは書かれておらず、成分名で書かれているため、一般の方が見極めるのは難しいからです。その時は、「症状」だけではなく、「どうしたいか」も伝えるのがポイントです。

 一概に花粉症といっても、約3カ月続く花粉シーズンを楽に乗り切りたいのか、それとも今この瞬間の症状を何とかしたいのか、その人の希望によって勧める薬が変わってくることは、ここまで説明してきた話からお分かりいただけると思います。

 いずれにしても、よほど偏屈な薬剤師でなければ、実は多くの薬剤師は質問されるのを心待ちにしています。なにしろ、そのために薬学を勉強してきたのですから。もし、相談してもまともに対応してもらえなければ、その薬剤師がいるドラッグストアで薬を買うのをやめてもいい。ドラッグストアは1軒だけではありません。気に入らない薬剤師がいるドラッグストアで薬を買う義理はありません。薬だけでなく、薬剤師も、消費者であるみなさんが選ぶ時代だと思うのです。

ステロイド点鼻薬が効かない場合…

 こうして花粉症の市販薬に関する基本的な知識を得た上で、薬剤師も選別しつつ、薬を使用した。それなのに、満足できるほど症状が治まらないという人もいることでしょう。例えばステロイド点鼻薬が効かない場合、どういった原因が考えられるのか。

 まず、ステロイド点鼻薬をずっと使っていると効かなくなるというのは誤解で、むしろ花粉が飛んでいるシーズンを通して使うことが推奨されていますので、「使い過ぎ」で効かなくなるということはありません。

 次に、去年買って効いた市販薬をとっておき、今年も使っているのに効かないという人は、保管方法が悪くて薬の質が落ちてしまっているか、あるいは使い慣れたことで自己流の使い方になってきて、正しく鼻に噴霧できていない可能性も考えられます。

 さらには、本来は効果的なはずのステロイド点鼻薬が効かないということは、そもそも「花粉症ではない」可能性も考えられます。そうだとしたら、いくら季節性アレルギー専用の市販薬を使ったとしても効くはずがありません。そうしたケースでは、医師に診てもらう必要があります。言わずもがな、市販薬が万能というわけではありません。

 たかが市販薬、されど市販薬。上手に活用することで、花粉が猛威を振るうこの春の生活はだいぶ違ったものになるはずです。

児島悠史(こじまゆうし)
薬剤師、薬学修士。1986年生まれ。京都薬科大学大学院修了。ブログ「お薬Q&A〜Fizz Drug Information」で科学的根拠に基づいた医療薬学情報を発信し、専門誌などにも寄稿。『ドラッグストアで買えるあなたに合った薬の選び方を頼れる薬剤師が教えます』『OTC医薬品の比較と使い分け』(いずれも羊土社)の著書がある。

「週刊新潮」2024年3月14日号 掲載