中学受験に合格し、晴れて憧れの学校でスタートを迎える親子も多いだろう。だが、注意したいのは、ハードな受験勉強から解放されて逆に勉強しなくなってしまう「燃え尽き症候群」だ。成績が下がったまま浮上できないことから「深海魚」と揶揄されることもある。成績が悪いだけならまだいい。親の対応次第では不登校や退学に至るケースもあるようだ。【小山美香/教育ライター】

受験が親主導だったことに反抗、不登校になって退学に

 都内に住んでいたカズタカ君は、お父さんの主導で小3から中学受験の塾に通い始めた。小6になると土日は朝8時から夜8時まで塾で勉強させられ、迎えに来たお父さんに「昨日間違えた問題をまた間違えている」と何度も殴られたという。殴られすぎて過呼吸になり、救急搬送されたこともあった。

 合格したのは、東大合格者を毎年何人も出す有名進学校だ。

「入学前の宿題で、英語の教科書を半分までやってこいという課題が出ました。勉強するのが当たり前、勉強できて当たり前という感じで、嫌になりました」とカズタカ君は振り返る。

 中1のゴールデンウィーク明けから不登校になり、結局、退学した。

「最初はただ勉強したくないだけだったけど、途中からは親への反抗でした。親に言われて受験をしたんだから、それで嫌なことがあったら親のせい、と思っていたのです」

 親が中学受験を主導した場合、子どもは親の期待に応えようとして本音が言えない。親の上手な誘導で「受験したい」と言わされる場合もある。すると、やらされ感でいっぱいになり、反抗できる年になってから、勉強しなくなったり、学校に行かなくなったりする。不登校や退学につながる恐れもあるのだ。

大学付属でもエスカレーターで上がれない!?

 中学受験でも大学付属中に合格したなら、まさに大船に乗った気分だろう。高校も大学もスムーズに上がれると思い込みがちだ。

 しかし、「付属でもちゃんと勉強しないと、高校や大学へ上がれません」と話すのは、GMARCH(学習院、明治、青山学院、立教、中央、法政)の付属中に合格したノブキ君のお母さんだ。

 ノブキ君も受験の解放感から全く勉強しなくなった。中1の1学期から定期テストで赤点を取り、さらに遅刻も多かった。親が呼び出されて三者面談になり、「赤点をなくして、遅刻も直さないと、付属の高校に上がれません」と担任に言われた。

 お母さんは「『勉強しなさい』『早く寝なさい』と口すっぱく言いましたが、逆効果で、そのたびにケンカになりました。息子が壁を殴って穴を空けたこともありましたし、深夜に息子からスマホを取り上げようとしてもみあいになり、私が鼻血を出したこともありました」と打ち明ける。

高校への内部進学などには厳しい基準が

 成績はあまり上がらないままだったが、ノブキ君はなんとか赤点を回避、ギリギリ高校に上がれた。成績が悪くて高校に上がれない生徒は毎年数人いるが、ノブキ君の学年は例年よりかなり多く、約1割の生徒が上がれなかったそうだ。

「高校への内部進学には厳しい基準があり、それをクリアしなければなりません。さらに高校でも、進級や大学の内部推薦にも厳しい基準があります。そのため毎年のように留年する生徒がいて、学期が変わるたびに誰かいなくなる。つまり進級の見込みがなくなって、退学するのです」

 ある有名大付属高では、1学年につき留年できるのは1回までで、高校3年を6年かけて卒業した例もあった。また、付属の小学校から高校まで12年もお金をかけたのに、大学の推薦をもらえなかった例もあった。

 付属だから上へ上がれるだろうと甘くみていると、痛いしっぺ返しをくうことになる。

合否より大事なこととは

 私は拙著『中学受験をして本当によかったのか? 〜10年後に後悔しない親の心得〜』(実務教育出版)のなかで、中学受験した親子を数多く取材した。そこで見えてきたのは、受験の合否より大事なのは、入学後の子どもが勉強も学校生活も前向きに取り組める状態にすることだ。それには、親の声かけが重要になってくる。

 滑り止め校に合格最低点で合格したケント君のお母さんは、「私はご縁のあった学校が一番いい学校と思っていたので、『いい学校でよかったね』とケントに言い続け、『勉強しなさい』とは絶対言わないで、子どものやることを応援して、聞き役に徹しました」と話す。すると、ケント君は勉強にも学校生活にも前向きに取り組み、どんどん成績が伸びて、東大に現役合格した。

 滑り止め校にしか合格できなかったダイキ君の場合も、お母さんは「『すごくいい学校だね』『あなたたちは本当にすごいね』とポジティブな声かけをするようにしていました」と話す。その結果、ダイキ君は部活や委員会でも活躍し、成績も伸びて、東大に現役合格した。

 子どもが「燃え尽き症候群」にならず、勉強も学校生活も前向きに取り組むために、親は子どもへの声かけに気をつけたいものだ。(文中のカタカナの人名は全て仮名)

小山美香(こやま・みか)
大学時代からフリーライターに。大学卒業後は「サンデー毎日」(毎日新聞出版)の編集記者を経て、フリーランスに転身。中学受験情報サイトでのべ160校以上の私立中学校高等学校を取材したほか、現在は不登校や通信制高校、子ども食堂など、子どもをめぐる事象について取材・執筆。著書に『中学受験をして本当によかったのか? 〜10年後に後悔しない親の心得』(実務教育出版)がある。

デイリー新潮編集部