明治安田生命保険が毎年恒例で発表しているのが「理想の上司」アンケートの結果である。今春社会人になる学生1100人に男女それぞれの「理想の上司」を有名人の中から挙げてもらうという趣向だ。今年の結果は以下の通り――。

 男性:1位 内村光良 2位 大谷翔平 3位 ムロツヨシ 4位 安住紳一郎 5位 栗山英樹 6位 川島明 7位 伊沢拓司 8位 藤井貴彦 9位 伊達みきお 10位 設楽統

 女性:1位 水卜麻美 2位 天海祐希 3位 いとうあさこ 4位 新垣結衣 5位 アンミカ 5位 有働由美子 5位 佐藤栞里 5位 白石麻衣 9位 田中みな実 10位 石原さとみ

 顔ぶれを見る限り、どこまで学生たちが本気で答えているのかは少々怪しいところだが、彼らが「上司」に求める資質は「親しみやすい」「知性的・スマート」「頼もしい」「おもしろい」「指導力がある」「落ち着きのある」といったものだ、との解説も発表の中にある。こうした資質からイメージした有名人たちだと捉えれば、それなりに納得感があるというところだろうか。男性1位の内村と女性1位の水卜はいずれも8年連続1位なのだという。

 もっとも、実際に社会人になった人たちに聞いた場合、どういう反応になるのかは微妙なところだろう。上司が「親しみやすい」に越したことはないけれども、威厳がないと困る場面は珍しくない。本当に「知性的・スマート」ならば素晴らしいけれども、「知性的・スマート」だという自己認識が強い人は厄介だ。

嫌いな上司の特徴は

 すでに組織で働いている人のうち、上司に大満足という人はどのくらいいるものなのだろうか。「理想の上司」とほぼ同時期に、求人情報サイトなどを運営している企業「Biz Hits」が「嫌いな上司の特徴ランキング」を公表している。働く男女500人に聞いた結果の概要は以下の通りである。

・職場に嫌いな上司がいると答えた人は73.2%

・嫌いな特徴は回答数の多い順に「相手によって態度を変える」「仕事を押しつける/仕事をしない」「高圧的/偉そう」「気分屋」「自分がすべて正しいと思っている」

 こちらの調査のほうが、働いている人の共感を得やすいかもしれない。特徴のいずれも上司としてというよりは人として問題があるものといえそうで、自分が所属する組織内の誰かにあてはまるように感じる方は多いのではないだろうか。

なぜこんな人が上司なのか

 そんな気分をストレートに表現した『なぜこんな人が上司なのか』という本を著したのは、編集ディレクターの桃野泰徳さん。桃野さんは大和証券勤務を経て、中堅メーカーなどで最高財務責任者(CFO)や事業再生担当者(TAM)を歴任したのちに独立して起業したというキャリアの持ち主だ。いくつもの傾いた企業を見てきた中で、桃野さんは日本企業には決定的に足りないものがあると実感しているという。それは何か。

「おそらく『なんでこんな人が、私の上司なんだろう』というストレスを感じながら、日々仕事をしている方は多いのではないでしょうか。

 これは無理もないことなんです。というのも、管理職や経営陣のような要職にある人であっても、まともなリーダー教育を受けたことがある人などはほぼ皆無なのです。

 リーダーとはどういう存在か。その根本的なことをまともに考えずに上司になってしまった人が少なくありません。そんな人の下で働けばストレスがたまって当然でしょう」(桃野さん)

 大手企業などでは管理職研修が行われることも珍しくないはずだが、「ほとんど意味がないと思います」と言う。

「自衛隊と比較すればわかりやすいでしょう。例えば陸上自衛隊では、数十人の部下を任される小隊長になるまで約1年間も、幹部候補生学校で教育を受ける必要があります。

 この教育を修了する頃には、組織が求める『リーダー像』が幹部候補生たちの心と体に焼き付くのです。部下全員に食事が行き渡ってから初めて自分は箸を持つ、部下の誰よりも後に風呂に入る――日常の振る舞いから徹底してたたきこまれます。いざとなれば命を懸けなければいけない組織だから、この厳しさが必要なのです。

 企業の管理職研修でここまでのことをやっているでしょうか。

 日本の経営者や管理職と呼ばれる人の大半は、まともなリーダーであるはずがない、とすら私は思っています」

いつもニコニコしている元帥

 管理職や経営者には耳の痛い指摘であるが、ではどんな上司が理想なのか。桃野氏は同書の中でいくつかの実例を挙げている。そのうちの一人が日露戦争でロシア軍を打ち破った大山巌元帥だ。学ぶべきは「器の大きさ」だという。

「こんなリーダーシップ、本当にありえるのだろうか、と不思議だったのが大山元帥でした。というのも、記録を読むと、かなり異質のリーダーなのです。部下に仕事を任せて、自分は何もしない。いつもニコニコしているだけで、部下の仕事に一切口を出さない。

『責任は私が取るから、好きにやりなさい』と言って、職場にもロクに顔を出さない。

 ロシア軍からの総攻撃を受けて大混乱している司令部に顔を出した際にも『外が騒がしいですね、何かあったんですか?』とニコニコしながら聞いたというエピソードまであります」

 単に無責任な上司にも見えるが――

「私も最初は、なぜこんな人が、と思いました。しかし、実際に大山元帥はロシアを打ち破るという実績を残しています。

 大山は部下のやり方に細かい口出しはしませんでしたが、実は何もしていないようで、組織の状態を数字で見ていたのです。昨日と今日の数字の差、先週と今週の数字の違い、先月と今月の数字の変化など。

 彼を支える総参謀長に毎日最低でも2回報告をさせて、組織の状態を全て正確に把握していたのです。そのうえでニコニコしていた。

 もっともダメなリーダーは、報告される数字に一喜一憂して、長期的な展望や戦略もないままに指示を出します。ビッグモーターなど問題を起こした企業の多くはこうしたタイプがリーダーになっています。これでは下に負担だけがかかるので組織がもつはずがない。

 一方で大山は、数字を把握したうえで極力現場を信じて、ギリギリまで我慢する胆力を持っていました。全責任を負いながらこのような我慢をするのは大変なことです。

 部下から見れば、大きな裁量を任せてくれながら、困った時には相談に乗り、アドバイスをしてくれる上司に見えます。手柄は部下のもの、失敗は自分の責任として引き受けるリーダーです。

 実はこうした先人は、日本の近現代史上、何人もいるのです。テレビでおなじみの芸能人の方々の仕事の姿勢にも学ぶべき点はあるでしょうが、組織で働くなら、そうした先人に興味を持つのもいいのではないでしょうか」(同)

デイリー新潮編集部