重大な教訓

 静岡県の川勝平太知事が4月1日、新入職員に対する訓示で職業差別とも取れる発言をし、6月議会終了後に辞任することを明らかにした。リニア中央新幹線の敷設に反対し続け、何かと全国的知名度を高めた知事だが、これによりJR東海が断念した“2027年開業”に改めて光が差すかどうかも注目されている。また、川勝知事といえば、新型コロナ騒動の当初に「いまは静岡に来ないで」という看板を大量に設置し、首都圏の人間の来県を拒否した人物でもある。

 それにしても知事の権限というものはすさまじいものだと思わされた川勝氏のリニア反対だが、同氏からは学ぶべきことがある。それは「炎上する発言とは何か」である。その意味で川勝氏は、静岡県民以外の日本国民にも重大な教訓を残してくれたといえよう。感謝します。

 朝日新聞が同氏の訓示を文字起こししたのでそれを引用する。この発言がいかにおかしいか、はすぐに分かるだろう。

〈それからみなさん優秀ですから、なかなか物をわかってくれない人がいるかもしれない。その時にですね、情理を尽くすということが大切です。
 
 そしてですね、そのためにはですね、やっぱり勉強しなくちゃいけません。実は静岡県、県庁というのは別の言葉でいうとシンクタンクです。毎日、毎日、野菜を売ったり、あるいは牛の世話をしたりとか、あるいはモノを作ったりとかということと違って、基本的に皆様方は頭脳・知性の高い方たちです。ですから、それを磨く必要がありますね〉

やってはいけないスピーチ

 この発言の意味は以下である。

【1】県庁職員の内定を取った人間は優秀であり、下々の者とは質が違う
【2】第一次産業従事者・小売業・メーカー勤務・職人・アーティスト等はバカである
【3】上記の人々はどうせバカだから努力をしないでもいいが、県庁職員の皆さんは努力をし、もっと能力を高めてください。

 さらに、上記〈それからみなさん優秀ですから、なかなか物をわかってくれない人がいるかもしれない。その時にですね、情理を尽くすということが大切です。〉についてはこう解釈できる。

 世の中は皆さんのように優秀な方だけではありません。どうしようもないバカがいるでしょうから、そんなバカにもきちんと向き合ってあげてください。

 とんでもない暴言である。静岡の基幹産業ってヤマハやスズキ、ホンダといった自動車・バイク産業だろうが。さらには緑茶、鰻、ミカン、シラス、カツオなどの産地として全国的な地名度を誇る。にもかかわらず、そうした産業に従事する人々を敵に回すような発言を川勝氏はしたのだ。

 この暴言についてはここまでにするが、川勝氏の発言から、「やってはいけないスピーチ」について考えてみる。一つは「誰かをホメるために誰かを落とさない」である。川勝氏は新入職員の優秀さを称えるために上記のような発言をしたのだが、いちいち野菜を作る人や牛の世話をする人の名前を出す必要はなかった。こう言えば良かったのである。

ただただ「一緒に頑張る」

〈あなた達は過酷な就職活動を経て入庁してくれた貴重な人材です。その優秀さには感服いたします。ですから、その高い能力を静岡県のために存分に発揮し、一次産業・二次産業・三次産業すべてが繁栄すべく日々研鑽を続けてください。静岡県は県民の皆様あってのものです。そこの舵取りをする重要任務に皆さんは就いたのです。ぜひとも活躍し、静岡県を盛り上げてください〉

 このように、「特定業種」を落とすのではなく、ただただ「一緒に頑張る」とだけ言えばいいのである。それにしても本当にオッサンというものは、スピーチの際、目の前にいる人間だけを喜ばせればいいとそこにいない人を貶める。今回の県庁のスピーチにしても、新入職員の中には野菜を売ったり牛を育てたりしている家族や親戚がいただろうに川勝氏は一体なぜその配慮がなかったのか?

失言しない話法を学べ

 ここから分かること、そして川勝氏の失敗から学ぶべきは「具体的な属性を出さない」である。川勝氏については過去にも具体的な名前を出したことから炎上したことがある。2021年10月の参議院静岡選挙区補欠選挙でのこと。自身が応援する野党系の山崎真之輔氏の集会で、自民党公認の若林洋平氏について、こう発言したことが物議を醸した。

 若林氏は御殿場市長だったが、御殿場市と浜松市を比較したうえで「あちらはコシヒカリしかない。飯だけ食ってそれで農業だと思っている」などと発言。これは御殿場市を揶揄するものであるほか、市民をも揶揄している。さらにはコシヒカリも揶揄している。

 浜松は産業が豊富だったり、鰻の養殖が盛んだったりする、と言いたいのかもしれないが、演説にあたっては誰かをくさす必要はないのだ。しかも同じ静岡県内の御殿場市のことだろ?

 そういった意味で、失言をしたくない皆様は川勝氏の過去のニュース記事はことごとく目を通し、「失言しない話法」を学ぶのも良いだろう。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部