2024年4月16日告示、4月28日投開票の衆議院議員3補選は立憲民主党が全勝した。 3補選で、もっとも話題を集めたのが東京15区だ。

 東京15区は江東区全域が選挙区で、多くの自治体が直面する少子化や人口減少といった社会問題とも縁遠い。江東区の人口は2004年に約39万7,000人だったが、2014年に約48万7,000人まで増加。2016年には大台の50万人を突破し、2024年には約53万2,000人となっている。

 わずか20年間で江東区の人口は10万人以上も増加したわけだが、江東区の出生率が上昇しているわけではない。過去20年間の江東区における出生率は常に1.4前後で推移している。

 それにも関わらず江東区で人口増という現象が起きている理由は、大量の新住民が転入しているからだ。江東区の人口増を牽引しているのが、湾岸エリアに立ち並ぶタワーマンション、いわゆるタワマンの存在だ。

乱立するタワマン問題

 昨今、タワマンといえば話題は2020東京五輪の選手村跡地に整備されたHARUMI FLAG(晴海フラッグ)を思い浮かべる人も少なくないだろう。 晴海フラッグは中央区に所在しているが、それ以前までは「タワマンといえば豊洲」と言われるほどだった。

 当初の江東区はタワマン乱立による弊害に手をこまねき、対策は後手に回っていた。タワマン乱立によって引き起こされる問題とは何か? 豊洲のタワマンに転居してくる世帯は、小さな子供のいるファミリー層が多い。タワマンが一棟完成すると局地的に人口が増加し、そのタワマン周辺で保育所や小中学校が不足するという事態が発生する。

 江東区は転入してくるファミリー層を受け入れるべく、保育所や小中学校の新設計画を策定するが、それには区議会で予算を通し、それから用地を選定するという手順を踏むことになる。その間にも、タワマンは次々と建ち、ファミリー層は続々と江東区へと流入する。

 窮した江東区は、タワマン対策として2004年にタワマン建設を抑制する条例を制定。同条例は4年間という時限立法だったが、施行された当初は効果を存分に発揮し、江東区の人口増は一時的に緩やかになっていく。しかし、2007年に条例が失効すると、再び豊洲界隈でタワマンが建ち始めた。

 江東区は、新たに『マンション建設計画の事前届出等に関する条例』と『マンション等の建設に関する条例』の2つの条例を制定し、爆発的な人口増加を引き起こすタワマン対策とした。特に後者の『マンション等の建設に関する条例』では、151戸以上のマンションに対して原則的に保育所などを併設することを定め、大きな効果を発揮している。

 これらの条例によって待機児童問題は解消へと向かったが、それが子育てしやすいという評判につながり、さらに江東区にファミリー世帯を呼び込む現象を生み出した。当然ながら、江東区内のタワマンも増えていった。

 保育所の併設などを条例で定めることで待機児童などの問題は解消したが、解決できない課題も残った。それがタワマン住民の通勤・通学の足を確保すること、平たく言えば公共交通の整備だった。

「南北移動」に難

 江東区には、東京メトロの東西線・有楽町線のほかJR総武線や京葉線、都営地下鉄新宿線といった多くの鉄道が走っている。これらは東京駅や大手町駅、秋葉原駅といった都心部につながっているため、通勤の便は決して悪くない。

 しかし、江東区の鉄道路線は多くが東西の移動で、南北移動は都営大江戸線に頼るしかない。大江戸線は場所によって大きな迂回を強いられるので使いづらく、江東区の南北移動は都バスが主力になっていた。

 都バスの輸送力は鉄道よりも小さい。それゆえに以前からラッシュ時は混雑を極めていた。そこにタワマン乱立が拍車をかけた。通常、需要が増加するなら、バスも発着便数を増やすなどの対応策をとる。

 だが、話はそう単純ではない。バスの運転本数を増やせば、道路が渋滞するという問題を引き起こす。また、駅前広場にバス待ちの長い列ができ、歩行者の妨げにもなる。なにより、昨今のバス業界は人手不足が常態化しており、とても運転士を増やせる状況になく増便は難しかった。

 こうした状況から、東京都や江東区といった行政はバスよも輸送力の大きい公共交通の整備計画を練り始めた。その尖兵として、東京都は2020年から新橋駅と豊洲・晴海といった湾岸エリアを結ぶ東京BRTの運行を開始する。東京BRTは、湾岸エリアで建設が進むタワマン住民の通勤の足となることが期待された。

 BRTだけでは今後も増える湾岸エリアの需要に対応できないと考えた小池百合子都知事は、2022年11月に東京駅と東京ビッグサイトを結ぶ東京臨海地下鉄の構想も発表している。東京臨海地下鉄は2040年代までに開業するとの目標を定めている。

 東京BRTと臨海地下鉄は、江東区で増えるタワマン住民の足となり、通勤時間帯の混雑緩和に加えて江東区の発展にも大きく寄与する。

この問題に触れなかった候補たち

 今回の東京15区補選で小池都知事は乙武洋匡候補の応援演説で何度もマイクを握ったが、東京BRTや臨海地下鉄に触れなかった。特に4月21日の日曜日と、選挙戦最終日となる4月27日の土曜日の豊洲駅前での街頭演説は東京BRTと臨海地下鉄をアピールする絶好のチャンスだった。

 筆者は東京15 区補選に立候補した9名のうち、立候補の届出後にエベレスト登山へと旅立った福永克也候補を除く8名の候補者の街頭演説を取材している。多くの候補者が自民党の裏金問題や少子化対策といった一般的な政治課題を述べるにとどまった。

 そうした中で秋元司候補だけが東京15区が抱える政治課題についても触れ、整備計画が進んでいる豊住線がもたらす江東区発展について演説をしていた。

 豊住線とは、東京メトロ有楽町線の豊洲駅から東西線の東陽町駅、都営新宿線の住吉駅を経由して錦糸町駅まで乗り入れる支線的な路線だ。江東区は錦糸町駅までの開業を2030年代半ばとして計画を進めている。

 そのほか、江東区を南北に縦断する越中島貨物線をLRT化した上で旅客転用する計画も進む。越中島貨物線のLRT化は2000年頃に浮上したが、その後は忘れられた計画になっていた。ところが、2023年8月に栃木県宇都宮市で新たにLRTが開業。これが活況を呈していることからLRT化への整備計画が再び走り始めた。

 さらに、ゆりかもめを延伸する計画もある。ゆりかもめは新橋駅と豊洲駅を臨海部経由で結ぶ鉄道だが、当初は豊洲駅から晴海・勝どきを通って新橋駅に戻るという環状線化が想定されていた。そのため、豊洲駅は路線の延伸が可能な状態で建設され、現在は延伸を待っている状態のまま放置されている。

 豊住線と越中島貨物線のLRT旅客化、そしてゆりかもめの延伸といった鉄道計画は、江東区が主導しているが、江東区だけで実現できない。隣接する中央区・港区・墨田区・江戸川区などとも協調しなければならず、さらに東京都の協力、国土交通省への働きかけも重要になる。東京15区選出の国会議員には、それらが求められる。

 東京15区の選出議員にとって、タワマン問題とそれに付随する公共交通の整備は避けて通れない。今回の東京15区補選は話題の多い選挙だったが、そうした政策課題は残念ながら議論されなかった。

小川裕夫/フリーランスライター

デイリー新潮編集部