文藝春秋の5月号に「『私は学歴詐称工作に加担してしまった』小池百合子都知事 元側近の爆弾告発」との記事が掲載された。筆者は都民ファーストの会で事務総長を務めた小島敏郎氏。小池百合子都知事をよく知る人物の証言は極めて重く、従来から何度も指摘されてきた学歴詐称疑惑が一気に再燃している。

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 文藝春秋も記事で触れているが、そもそも小池氏が参議院議員選挙に立候補した1992年の段階で、「エジプトの国立カイロ大学卒業」の学歴は事実と異なるのではないかとの指摘は少なくなかった。担当記者が言う。

「学歴詐称疑惑が浮上すると、小池氏は特定のメディアだけ取材に応じ、カイロ大学の卒業証書を提示するなどして反論してきました。ところが2020年5月、ノンフィクション作家の石井妙子氏が『女帝 小池百合子』を文藝春秋から上梓しました。3年半をかけ、100人以上に取材したという力作で、これが都政にも大きな影響を及ぼしたのです」

 小池氏の実像が詳細に明かされていることから、単行本は発売から2カ月で20万部を突破。21年6月には大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。

 文藝春秋に掲載された小島氏の告発記事は、『女帝』の出版で小池氏が追い詰められていたことを明かす場面から始まっている。記事の内容について詳述する前に、小島氏ご本人についても触れておこう。

 小島氏は1949年3月生まれの75歳。東京大学法学部に在学中、国家公務員上級職試験と司法試験の両方に合格。特に上級職試験の順位は上から3番目で、当時の大蔵相から勧誘を受けたが、それを蹴って環境庁に入庁した。

追い詰められていた小池氏

 環境官僚として要職を歴任し、2008年の北海道洞爺湖サミットを最後に退官。小池氏は2003年から06年まで環境相を務めたため。その時に“接点”が生まれたようだ。16年に小池氏が都知事に就任し、築地市場の移転問題が浮上した際、小島氏は対応策を提言。翌17年の都議選で都民ファーストの会から55人の当選者が誕生すると、都民ファの都議団政務調査会事務総長に就任した。

「『女帝』は小池氏の学歴詐称疑惑についても入念に取材しています。一方、小池サイドも様々な反論を行い、その中の一つとしてカイロ大学の教授が『彼女は大学を卒業した』と証言したのも事実です。しかし著者の石井氏は一貫して『取材の積み重ねから考えると、小池氏がカイロ大学を卒業したという経歴には強い疑問が残る』と主張しています。そして小島氏の記事では『女帝』の出版により、当時の小池氏が窮地に追い込まれた様子がリアルに描写されているのです。この点だけでも、小島氏の記事は非常に興味深いと言えるでしょう」(同・記者)

小池氏が飛びついた「声明書案」

 2020年5月に『女帝』が出版されると、都議会も内容を重視。議会最終日の20年6月10日に「小池都知事のカイロ大学卒業証書・卒業証明書の提出に関する決議」が提出されることが決まっていた。

「さらに都知事選の投票日は7月5日という緊迫したスケジュールでした。小島さんによると、6月6日に小池氏から呼び出されたそうです。『女帝』の出版で困っていると明かした小池氏に、小島氏は卒業したか確認すると、小池氏は『したわよ』と即答。小島氏が『卒業証書や卒業証明書を見せればいいじゃないですか』と助言しても、小池氏は『卒業証書などはあるが、それで解決しないから困っている』などと返答するだけで、最も簡単で確実な証明方法である卒業証書や証明書の開示は拒み続けたそうです」(同・記者)

 小島氏は新しい卒業証明書などの発行を大学に申請するよう助言。その上で、都知事選が目前に迫っていることから、カイロ大学の学長から「卒業した」と明言してもらう方法を思いついたという。

 新しい卒業証明書が届くまでの方策として、学長が「卒業した」と明言する声明文のようなものを、PDFなどで送ってもらえばいい──小島氏の提案に、小池氏は安堵の表情を浮かべた。

キーパーソンの「A氏」

 すると小島氏が予想もしなかったことが6月9日の午後2時過ぎに起きる。突然、カイロ大学学長の署名が入った声明文が駐日エジプト大使館のFacebookに掲載されたのだ。あまりにも早すぎる展開に、小島氏は少し違和感を覚えたという。

 だが都知事選が目前に迫っているため、小島氏は様々な業務に忙殺されてしまう。一方、声明文の効果は絶大だった。大手メディアが一斉に報道し、学歴詐称疑惑はあっという間に沈静化した。結局、7月5日の都知事選で小池氏は圧勝、再選を果たした。

 都知事2期目の小池氏は、自民党や公明党との協調路線に切り替える。21年7月の都議選では選挙応援に消極的な態度を示した。こうしたことから小島氏は事務総長を辞め、小池氏と距離を置いた。そして、ことあるごとに「なぜ小池氏は卒業証書や証明書を出さなかったのか」という疑問と、「自分は小池氏の学歴詐称に加担してしまったのではないか」という不安に苛まされることになったという。

 ところがある日、《小池さんのブレーンの一人で、私とも旧知の間柄》である《元ジャーナリストで表には出ていない》A氏と話した際、小島氏は声明文を提案したことに忸怩たる想いを抱いていると打ち明けた。

最高裁の判例も

 するとA氏は小島氏に《「声明文は、私が日本語で書いた文案を書き換えたものを英訳、カイロ大学の声明文として学長のサインを付けて発表したものです》と真相を語ってくれたというのだ。

 小島氏はA氏の告白を聞き取っただけでなく、A氏から小池氏とのメールなど“証拠”も入手。どのようにしてカイロ大の声明文が偽造されたかを記事で詳細に描写している。ここでは割愛するが重要なポイントとして、声明文の原文が英文だったことなど、根本的な疑問を示した部分だけ、小島氏の記事から引用させていただく。

《そもそもカイロ大学が出した声明文なら、アラビア語で記されているのが普通ではないでしょうか。それに英語・日本語訳が付いているのならわかりますが、英語・日本語だけなのも不思議な話。またカイロ大学学長の文書が、カイロ大学のHPに掲載されず、駐日エジプト大使館のフェイスブックにだけ載るのも、今思えば奇妙なことです》

 首長や議員の学歴詐称を巡っては、1992年7月の参議院選挙で当選した男性タレントが選挙活動で明治大学の入学とスイス留学の学歴を公表。これが事実と異なるという疑惑が浮上し、93年8月に名古屋地検が公職選挙法違反(虚偽事項公表罪)で在宅起訴した。94年に最高裁で有罪が確定し、当選無効も決まった。

私文書偽造罪の疑惑

 元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は「私も小島さんとは面識があり、大変に真面目な方です。その小島さんの記事なので、非常に興味深く読みました」と言う。

「まず公職選挙法違反ですが、3年で時効を迎えます。そのため2020年7月の都知事選で示された『カイロ大卒』という学歴は、たとえ詐称が証明されたとしても、すでに時効が成立しています。一方、小島さんとA氏は『声明文は自分たちが作成に関与しており、カイロ大学が出したものではない』と主張しています。これが事実であるとすれば、私文書偽造罪の疑いが出てきます」

 私文書偽造の時効は5年。都知事選は2020年7月に行われたため、こちらはまだ時効を迎えていない。声明文が偽造だと証明されれば、事件化は可能だ。

「ただし、もし立件されたとしても、小池氏は“逃げ切れる”かもしれません。小池氏が徹底抗戦を行えば、最高裁まで争うことになっても不思議ではないでしょう。一方、小池氏の任期は今年7月に満了を迎えます。判決が確定しなければ、都知事を辞めさせられることはありません。裁判の長期化を見込み、7月7日に投開票が予定されている都知事選に三選を目指して立候補、その時はカイロ大卒の学歴を削除することも考えられます。当選すれば次の任期満了は2028年の7月で、この時でも最高裁の判決は確定していない可能性があります」(同・若狭氏)

リコールも非現実的

 もし今年7月の都知事選に小池氏が立候補したものの、突然「カイロ大卒」の学歴が消されていたとしたら、大騒ぎになるのは間違いない。学歴詐称の疑いは強くなり、投票する有権者がいるのかという疑問が浮かぶ。

 強行突破して政治家を続けるにしても、最高裁の判決が確定する時期を見据えながらの活動になってしまう。とはいえ、3期目を目指して都知事選に立候補したり、場合によっては国政に復帰したりすることも、理論上は可能というわけだ。

「元側近の証言は重い。疑惑が浮上した時点で、小池氏は政治的に責任を取る必要がある」と考える有権者も少なくないだろう。だが、有権者が小池氏に辞職を詰め寄ろうとしても、それを実現させる方策は、あまりないようだ。

「小池氏のリコールを考えてみましょう。有権者の3分の1以上の署名で解職の是非を問う住民投票を60日以内に行うことができます。ただし東京都は人口が非常に多いので、これほど大量の署名を集めることは相当に難しいと言えます。やはりリコールは現実的だとは言えません」(同・若狭氏)

 小池氏はカイロ大卒と嘘をついて都知事の座を手に入れた。ならば都知事の給与は不正な学歴詐称で取得した金と言えるはずで、この返還を求める──こんな民事訴訟も、非現実的だという。

野村沙知代氏のケース

「経歴詐称が選挙の当落にどのような影響を与えたのか、これを正しく見定めることは簡単ではありません。率直に言って2020年7月の都知事選で『カイロ大を卒業したから小池さんに投票した』という有権者は非常に少ないと考えられます。ずっと小池氏を応援しているとか、1期目の結果を見て投票した、とか、学歴のことなど考えなかった有権者のほうがはるかに多いでしょう」(同・若狭氏)

 似た事例に野村沙知代氏のケースがある。1996年の衆院選で、当時の新進党から立候補して落選した。選挙後、「コロンビア大学卒」という学歴が詐称だとされ、公職選挙法違反で告発された。最終的には不起訴となったが、後に夫の野村克也氏が取材に応じ、「あれは嘘だった」と学歴詐称を認めた。

「私は主任検事として捜査を行いました。その時に重視したのが『野村沙知代さんがコロンビア大学を卒業しているからこそ投票した』という有権者が、どれくらいの数に達したのか、という視点でした。翻って小池さんのケースでも、『カイロ大卒』の学歴が当選に与えた影響は限定的だと考えられますから、都知事の給与返還を求める訴訟を起こすことは現実的だと思えません。ちなみに沙知代さんの話に戻れば、不起訴を受けて開かれた検察審査会では『不起訴はダメ』と叱られました(笑)」(同・若狭氏)

デイリー新潮編集部