大谷翔平ではない超有名人に激似

 この秋、アメリカのスタンフォード大学に入学する佐々木麟太郎選手。歴代1位の高校通算140本ものホームランを打った、花巻東高校(岩手県花巻市)の強打者は、これから勉強でも野球でも、いったいどれだけの成果を上げてくれることでしょうか。楽しみです。

 イギリスの教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」の世界ランキングで、今年第2位につけているスタンフォード大学。学業や研究は世界でピカイチなわけですが、スポーツも盛んで、野球部にしても、デービッド・エスカー現監督だけでも全米選手権に3回導いているほど強いのだとか。その監督、麟太郎選手について、「パワーと打率を追求する左打者なので、明らかに大谷選手に似ている」と発言しています。

 そう聞くと、どう似ているのか、具体的にチェックしたくなるものですが、麟太郎選手のことを見れば見るほど、ほかのものに似ているように見えてきてしまいました。似ているのは、「世界三大テノール」の一人として、かつて日本でも大ブームを巻き起こしたイタリア生まれの不世出のオペラ歌手、ルチアーノ・パヴァロッティ(1935−2007)です。

顔の造形も笑ったときの崩れ方も同じ

 パヴァロッティというと、顔はひげ面で、相撲取りのように太っている、という画像が浮かぶかと思いますが、若いころは筋肉質で引き締まったスポーツマン体形でした。私はその昔、パヴァロッティのファンクラブで会員誌まで制作していたからわかるのですが、体形や体格、身体の動かし方まで、いまの麟太郎選手は若いころのパヴァロッティと、びっくりするくらいそっくりです。そうしたら、身長まで184センチで一緒じゃないですか。

 体形以上に似ているのが顔で、輪郭や目、鼻、口の配置はほとんど一緒。そして、眉の形に目の上がり方、鼻の形、口の形と開き方、あごの造形、それらが一体となった顔全体がパヴァロッティそのもので、いちど気がついて以来、麟太郎選手がパヴァロッティにしか見えなくなってしまいました。

 もちろん、先方はイタリア人ですから、麟太郎選手より目は大きいし、鼻は高いし、全体に彫りが深い顔です。でも、彫刻にたとえたら、もう少し彫り進めたらパヴァロッティになるけれど、浅いままなら麟太郎選手、という程度の差で、基本的な造形はほとんど変わりません。だから顔を崩して笑うときも、同じように崩れます。

パヴァロッティもスポーツマン

 もちろん、遺伝の要素が大きいのでしょう。しかし、こんなにも似るのだから、生い立ちが似ているとか、育った環境に近いものがあるとか、後天的な要素も影響しているはずだと考えたくなります。すると、やっぱり――。

 パヴァロッティは、後年の太った身体を見ると、想像しにくいかもしれませんが、じつは大変なスポーツ青年でした。レンツォ・アッレーグリ著『スカラ座の名歌手たち』(小瀬村幸子訳、音楽之友社)で、本人がこう語っています。

「その当時(註・19歳のころ)の僕は溌溂たるスポーツマンでしてね、痩せていて、筋肉質で。一日に六、七時間はスポーツに精を出し、サッカー、バスケットボール、バレーボール、ラグビー、ボクシングと何でもうまかったんですよ」

 日本に生まれていたら、きっと野球をやっていたでしょう。

アメリカで羽ばたいたパヴァロッティ

 家庭環境はどうでしょうか。麟太郎君のおとうさんは花巻東高校野球部の監督です。子供のころはプロに行く夢も抱いたそうですが、結局、指導者への道を選びました。もちろん麟太郎選手に野球への情熱を注いだのはおとうさんです。

 一方、パヴァロッティのおとうさんは、すばらしい声のテノール歌手で、「オペラへの情熱を僕の血の中に注ぎ込んだのは父ってわけです」と、前掲書で息子は語っています。でも、プロにはならず、息子はプロをめざした。なんだか佐々木家と似ていますね。

 また、パヴァロッティはデビュー当時からすごい歌手でしたが、世界的なスターになったのは、アメリカで人気に火が点いたのがきっかけでした。アメリカではハリウッドのスター並みの人気と知名度を誇り、1993年にニューヨークのセントラルパークでコンサートを開催したときは、なんと50万人が集まっています。

 麟太郎選手のアメリカでの活躍はこれからですが、パヴァロッティはアメリカで羽ばたき、麟太郎選手も羽ばたこうとしています。だから似ているのか、似ているから似た境遇になるのか。どっちが先だかわかりませんが、とにかく似ています。

訓練すれば必ず名歌手になれる

 人間、顔が似ていると声や喋り方、歌い方も似るものです。ちなみに、麟太郎選手が喋るのを聴くと、お腹の底から美しい声を自然に発していて、いい歌を歌いそうに聴こえます。

 パヴァロッティの声については、往年の大指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンが「神が声帯にキスをした」といいました。麟太郎選手の声も、なかなかのものです。なにしろ、頭蓋骨の形状も、骨格全体も、パヴァロッティにそっくりなようなので、いい声が出ないはずがありません。訓練すれば、すごい歌を歌うのではないでしょうか。

 麟太郎選手、スタンフォード大学で野球にも、学業にも、全力で打ち込んでください。そして、一流のメジャーリーガーになってください。成功すると願っているし、成功を信じています。でも、人生、なにがあるかわかりません。

 万が一、野球に限界を感じたときはオペラ歌手をめざしてはどうでしょうか。必ず成功しますから。それは、あの世紀の歌手が、あなたとほとんど同じ顔、同じ身体だったという事実によって、保証されていますから。

香原斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部