「22億あると思って2000万だったら、どうします?」

 ドジャース・大谷翔平の専属通訳だった水原一平氏が、違法賭博で作った1600万ドル(約24億5000万円)以上の借金返済のため、大谷の口座に無断アクセスした事件が大きな波紋を呼んでいる。事件報道後、元巨人のウォーレン・クロマティ氏も自身のユーチューブチャンネルの中で、巨人時代の稼ぎを代理人にすべて持ち逃げされたことを告白。過去にも横領や詐欺の被害に遭ったプロ野球関係者は多数に上る。【久保田龍雄/ライター】

 日本ハム・新庄剛志監督もその一人である。

 新庄監督は現役時代、「僕のことを息子と思っていた」というほど強い信頼関係があった知人の会社経営者に、資金管理を全面委託していた。ところが、会社経営に流用され、2006年の現役引退直後、22億円あるはずの銀行残高が2000万円しか残っていなかったことが判明した。

 その後、裁判に持ち込み、8000万円が戻ってきたが、知人の破産手続き完了をもって裁判が終了したため、それ以上は回収不能に。「他人に任せた僕が悪い」と反省させらされた。

 渦中のドジャース・大谷が本拠地で開幕戦を迎えた直後の3月31日、ロッテ戦を前に新庄監督は番記者との雑談の中で「オレは大谷のお兄ちゃん?」と苦笑しながら当時を振り返り、「22億あると思って2000万だったら、どうします? さあ、野球終わった。22億でモトクロス場をつくって、いろいろ遊ぼうと思って、フタをあけたら……。オレ、4回くらい(残高を)見たもん。そういうときって、笑いが出てくるんですよ」と回想した。

 だが、「めちゃめちゃいい経験。腹が立つけど、心の傷を負っただけで憎しみはあまりないかな。オレはポジティブだから、あの件がなかったら、こっち(プロ野球界)に戻ってきていない。トライアウトも受けてない。この(監督という)経験もさせてもらえない」と大金を失ったことを発奮材料に新たな人生を切り開いたことを強調した。

“鉄人”や“史上最高のスイッチヒッター”も被害に

 家族ぐるみの付き合いをしていた知人から投資詐欺の被害に遭ったのが、広島、阪神で活躍した“鉄人”金本知憲氏だ。

 阪神にFA移籍後、連続フルイニング出場の日本記録を樹立した2004年ごろ、広島時代から親交があった元会社役員の知人の勧めで投資を始め、ボートレース(競艇)団体への預託金や農業法人の農地取得などの名目で、09年末までに少なくとも計8億円近くを知人の口座に振り込んだ。

「引退後に収入を得られるものとして魅力的だと思った。清掃や警備、売店などの権利を任せると聞いていたので、後輩たちの引退後の就職先にもなると思った」そうだが、返金されたのは約800万円だったという。

 知人が詐欺容疑で逮捕されたあとの13年5月13日、さいたま地裁に証人として出廷した金本氏は「一番の親友だと思っていた気持ちを踏みにじられた」と痛恨の思いを口にしている。

“史上最高のスイッチヒッター”の異名をとった松永浩美氏(阪急・オリックス→阪神→ダイエー)も、2019年10月3日に出演したテレビ東京の深夜番組「じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告」で、現役時代に2度にわたって詐欺の被害に遭い、1億円余りを失ったことを明かしている。

 1度目は30代のころ、信頼していた友人夫婦から「会社の利益が足りないから投資してほしい」と持ち掛けられ、総額1億円くらい払ったが、一切返済がなく、最終的に夫婦は音信不通になった。

 2度目はダイエー移籍直後の1994年、前年分の税金として準備していた現金約1600万円を税理士に渡し、納付を依頼したところ、そのまま持ち逃げされた。滞納分はその後10年かけて支払った。

母校の先輩に騙されるケースも

 近鉄の監督を務めた佐々木恭介氏も、2012年に詐欺容疑で逮捕された元プロ野球選手の不動産会社長から投資詐欺の被害に遭い、百数十万円を出資したといわれる。さらに佐々木氏が偽物と知らずに署名した投資申込書が「元プロ(野球選手)ならではの特別な人脈がある」と架空の勧誘に悪用されていたという。

 現役選手では一昨年、ロッテ・佐藤都志也が母校・聖光学院の先輩に「300万円を振り込めば800万円を返金する」と持ち掛けられ、300万円を騙し取られた事件が報道された。

 ともすれば、有名人の巨額の被害に目が行きがちだが、金額の多少はあっても、この種の事件は、一般人の被害者のほうが大多数に上る。

 かく言う筆者も昨年横領の被害に遭い、原告として人生初裁判を体験した。「親しい知人の紹介だから」という理由で相手を信用してしまうのは、危険な落とし穴と隣り合わせであることを、身をもって痛感させられたが、その一方で、これまでの人生において、良い出会いも数えきれないほどあった。結果的に良い面ばかり見ていて、人を見る目が十分養われていなかったのかもしれず、このあたりの判断は本当に難しい。前出のプロ野球関係者の大半が身内にも等しい人間や親友に裏切られていることを考えれば、なおさらと言えるだろう。

 いずれにしても、横領や詐欺は、誰もが被害者になり得る事件であることをしっかりと胸に刻みたい。

久保田龍雄(くぼた・たつお) 1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

デイリー新潮編集部