総選挙、野党が過半数

 日韓関係の改善に努めた韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が窮地に追い込まれた。10日に投開票された韓国の総選挙は、尹大統領率いる与党「国民の力」が惨敗し、革新系最大野党「共に民主党」が過半数を上回る議席を獲得して圧勝した。定数300議席(小選挙区254、比例代表46)のうち、「国民の力」は114議席から108議席へ減少。反対に「共に民主党」は156議席から175議席へと大幅に勢力を拡大した。任期3年を残す尹大統領がレームダック化するのは必至で、現地メディアはさっそく「植物政権が避けられない」と報じている。

 当初は「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表が公認候補選びをめぐって側近を重用し過ぎたため、同党の支持者たちが離れてしまう混乱が続き与党有利と見られていた。だが、3月に入って文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の側近で法務部長官を務めたチョ・グク氏が革新系新党の「祖国革新党」を立ち上げて、尹大統領への痛烈な批判を開始して以来、一気に風向きが変わった。

 チョ・グク氏は子どもの大学入試にからむ不正が次々と明るみに出て、剥(む)いても剥いても疑惑が出てくることから「タマネギ男」と批判された人物。しかし、総選挙の費用調達のために募集した「青い火花ファンド」は受付開始からわずか1時間で目標額の4倍となる200億ウォン(約23億円)を調達するなど台風の目となっていた。

 尹大統領は当時、検事総長としてチョ・グク氏の徹底捜査を指揮しただけに、尹大統領VSチョ・グク候補の対立構図は有権者にとってシンプルで分かりやすく投票率は67%と32年ぶりの高水準。その結果、「祖国革新党」は予想を上回る12議席を獲得して国会第3位の政党に浮上、比例2位だったチョ・グク氏も当選を果たした。大勢が判明した際、チョ・グク氏はマイクの前に立ち尹大統領に対して「国民に謝罪してください」とさっそく圧力をかけた。

長ネギ騒動も影響

 それにしても、歴史的大惨敗を喫した尹大統領。何が敗因だったのか。現地記者はこう話す。

「日本から見れば、日韓関係の改善に努めた政治家というイメージでしょうが、韓国での評判は投票日が近づくにつれ悪化していました。美貌で知られる金建希(キム・ゴンヒ)夫人については約30万円相当のディオールの高級バッグを受け取った疑惑や、ドイツ・モーターズの株価操作事件に関与した疑惑が噴出。昨年12月に尹大統領とともに国賓としてオランダを訪問して以来、メディアの前に姿を現していません。選挙の際、有力候補者は夫婦ツーショットで事前投票する姿をマスコミに公開し、有権者にアピールするのが通例ですが、今回はそれもできませんでした。尹大統領も長ネギ1束の価格が操作されて875ウォン(約99円)だったことに『合理的な値段だ』とうなずいてしまう姿にも『現実を知らない』と国民から強い批判を受けました」

 ただ、韓国の政情に詳しいマスコミ関係者によると、敗因はそれら表面的な事件だけではないようだ。

「問題は尹大統領の政治スタイル全般に及んでいます。不正に立ち向かう猪突猛進型の検事総長として辣腕をふるった尹大統領ですが、検事総長からいきなり大統領に当選したため政治や外交、経済の世界を知らないのでは、と当初から不安視されてきました。そのためには優秀な補佐が必要でしょうが、“長ネギ騒動”の際に見られたように高騰する長ネギの価格を正確に伝えられる側近がおらず取り巻きは忖度上手な人ばかりでした」(前出の現地記者)

 尹大統領本人の資質にも問題があるという。

「司法試験に10回目で合格し33歳で検事になっただけに親分肌が強く、200人近い検察出身者を政府の主要ポストにつけていることも批判の的となっています。さらに、北朝鮮との対話拒絶とそれによる南北の軍事対立の激化が国民の不安を強めています。また、ソウルの梨泰院で159人もの死者を出した群衆雪崩事件の遺族との面会を拒否していることも、子どもを持つ中年層からの怒りを買っています」(同)

“復讐劇”で風向き一変

 韓国のジャーナリストからは「尹大統領のやることはひど過ぎるにもほどがある」との声も上がっているが、前出の現地記者は「長ネギ騒動の際には案内員に価格を確認していましたし、日韓関係でも改善への意欲を示したことが両国の観光客の活発な往来につながっています」と前置きした上で韓国特有の事情をこう解説する。

「『共に民主党』の李在明代表には城南市長時代の都市開発事業にからむ背任や京畿道知事時代の北朝鮮への不正送金に関与した外為法違反容疑がくすぶっていました。ですが、チョ・グク氏の捨て身の“復讐劇”によって一気に風向きが変わりました。しかも、チョ・グク氏は俳優のようなイケメンで悪役顔の尹大統領とは対照的です。韓国人はどん底に落ちた人間が権力者に挑みかかるといったドラマチックな展開を好みますから、そのあたりを計算したチョ・グク氏の見事な政治パフォーマンス、いわばテレビやSNSを意識した“チョ・グク劇場“の面白さが、尹大統領にとっての最大の敗因だったのかもしれません」

 歴史的敗北が確定後、尹大統領は神妙な面持ちで「国民の意思を謙虚に受け止めて国政を刷新する」と低姿勢だったが、政権運営は極めて厳しくなった。日本と北朝鮮の首脳会談も噂されるなか、尹大統領だけ蚊帳の外といった厳しい状況が訪れるかもしれない。

デイリー新潮編集部