ビデオ編集や音楽編集といえばスタジオで、大きなパソコン、大きなディスプレイで行うものだった。筆者が、雑誌付録のDVDを作るために映像スタジオに泊まり込んでいた20年前でも、何百万円もするタワー型のパソコンで10分の映像を書き出すのに1時間もかかったものだ。

それが、アップルのMシリーズチップのテクノロジーを活用することで、なんと完全なプロレベルの映像編集、音楽編集が、iPadで可能になった。

iPadのためのFinal Cut ProとLogic Proの発売は本日。

それぞれ、1カ月の無料トライアルがあって、トライアル期間終了後は月額700円または年間7000円のサブスクリプション型となっている。これだけ聞くと高いように思うかもしれないが、Mac版はそれぞれFinal Cut Proが3万6800円、Logic Proが3万円の買い切りとなっているので、破格に安く設定されていることがお分かりいただけると思う。

機能はMac版に近く、一部iPad専用の作り込みが行われている。モバイル編集スタジオとしてのiPadでの利用にフォーカスされているところに、アップルの本気度合がうかがえる。

発売に先んじて、試用の機会を得たので、その様子をご紹介しよう。ただし、筆者はどちらのアプリも専門的なスキルを持たないので、それほど詳しくはご紹介できない。それでも、複数の4K画像を編集していてもまったく引っ掛かることなく動作する性能はよく分かった。

テスト機材はM2 MacBook Airに搭載されているのと同じM2チップを積むM2 iPad Pro 12.9インチだったから、当然といえば当然だが、タブレット1枚でこれができるというのは圧巻だ。

iPadのためのFainal Cut Proがリリースされました。

Mシリーズチップが必要ですが、Macを超えるほどのフル機能のアプリを指先で操作できる感覚は、実に新鮮です! pic.twitter.com/vHCMs1b5f3

— ThunderVolt(ガジェットとテクノロジーのメディア) (@ThunderVolt_mag) May 23, 2023

まだ、スタートしたばかりなので若干制限はある

まず、ちょっと悩むのがストレージをどう扱うか。どこに画像を取り込むか。

もちろん、iCloudに取り込んでもいいのだが、作品制作用に大量の4K動画をiCloudに取り込むと、現状の2TBのストレージでは遠からずいっぱいになってしまう。プロ仕様として一番悩ましいのがこの部分だろう。撮影動画をどんどんiPad Proに取り込んで編集するとなると、可能であれば2TB(12.9インチだと34万8800円)、少なくとも1TB(同じく28万4800円)のモデルが必要になるだろう。

現状Mac版のFinal Cut Proと同期したりする仕組みもない。また、これは現在に限ってだとは思うが、Mac版で編集中のデータを取り込むことはできない。逆は可能なので、iPadで出先で粗編集をして、最終的にMac側で仕上げる……ということは可能。

まぁ、このあたり、iPad版のFinal Cut Proが登場したことを喜ぶべきだろう。

まずは、このあたりの金額を「プロ機材に較べれば、とても安価」といえる人が導入して、映画のロケ現場などで使われたり、稼いでるYouTuberの方々が使うところから始まることを考えると妥当なのだろう。

指先に宿るクリエイティブ

実際の操作感はとても快適。筆者はMac版も少々しか使ったことがないのだが、映像の配置、トリミング、トランジションの追加……などを指先でできるのは素晴らしい。これらはマウスでやるより感覚的にフィットするという人も多いと思う。

タイムラインのピンチイン、ピンチアウトもマウスで細かい操作をしなくても行えるので、気軽。

また、iPadならではの扱いやすさも追求されている。まるで、専用のビデオ編集機材のようにジョグホイールでのスクラブ再生や、クリップのトリミングの微調整なども行うこともできるのだ。これはある意味Mac版より使いやすい部分かもしれない。

また、iPad Proのカメラそのもので撮影することができる上に、こちらにもダイヤルで操作するインターフェイスが用意されている。マニュアルフォーカスで、ピントをぼかしたところから、合焦させるような動画も可能なのだ。

マルチカム編集やApple Pencilの利用

iPad版の特徴的な機能として、同時に撮影したすべてのメディアを簡単に組み合わせて同期させ、ライブ配信でのカメラのスイッチのようにアングルを選ぶ『マルチカム編集』という機能も用意されている。インタビューなどで多用される表現なので、これは気に入る人も多いのではないだろうか?

また、iPadならではの機能として、Apple Pencilでの書き込みを表示することもできる。

手書きタイトルがサラサラと書き込まれるような表現も、iPad版のFinal Cut Proなら簡単だ。

新たな時代は『クリエイター to Go』

このアプリが動作するのは、M1もしくはM2を搭載したiPad Proと、M1を搭載したiPad Airだけだ。映像編集は相当重い処理になるので、当然といえば当然だが、これらの対応機種なら、まったく引っ掛かることなく4K動画を編集し続けることができそうだ。

また、外部モニターも利用できる(ただし、現在のところPhotoshopのように別画面を表示することはできないようだ)。

マウスやトラックパッド、キーボードも使用出来るので、デスクトップでは大きな画面で……ということもできる。

Final Cut ProとLogic Proのおかげで、クリエティブプロがMシリーズチップ搭載のiPadで仕事をする環境はますます整った。すでにPhotoshopも、Illustratorも、CLIP STUDIO PAINTもあるのだから、本格的なプロ用クリエイティブアプリはかなり出そろって来た。

映像や音楽を扱うクリエイターにとって、仕事場に引きこもらなくてもモノづくりをできる環境が整いつつある。

すでに、カフェでマンガ家さんが仕事をしているという話は聞いたことがあるが、これからは映像クリエイターや、音楽クリエイターがスタジオではなくカフェで仕事をしている姿を見ることができるかもしれない。

(村上タクタ)

著者:村上タクタ