大谷翔平選手から寄贈されたグラブ。この学校では児童の安全に配慮して、テニスボールなどを使っているという=千葉県船橋市の市立夏見台小、米倉昭仁撮影

 米メジャーリーグの大谷翔平選手が、全国の各小学校に三つずつ寄贈したグラブをめぐり、小学校の対応が分かれている。寄贈をきっかけに野球への関心を高めようとする学校がある一方、そもそも野球のボールがなく、校庭で野球をすることを禁止している学校もあり、使い道が決まらずに保管されているケースも。「野球しようぜ!」という大谷選手のメッセージは、子どもたちにどう広がっていくのか。

*   *   *

「キター‼」

「私が見るだけではもったいない!という事で、市役所正面入口に当分飾ります!」

 大分県別府市の長野恭紘市長は1月17日、大谷選手から届いたグラブを手にした写真とともに、そんなコメントをSNSに投稿。翌日から「大谷翔平選手ありがとう‼」と書かれたパネルとともに、透明なケースに入れて展示した。

 その投稿に「それは大谷選手から子どもたちに贈られたグラブだ」と批判が殺到。市は予定を前倒しして、26日にグラブを市内の全小学校に届けることになった。

 そうして各学校に届いたグラブだが、子どもたちが使ってくれるのか。活用方法は各校が判断するとして、市教委の担当者はこう語った。

「休み時間に野球ボールを使ってキャッチボールをするのは難しい。大谷さんから贈られたグラブを教育課程(学校教育)で使うとしたら、ソフトボールのクラブ活動であれば可能性はありますが、それ以外は多分ないと思います」

 市内の学校のグラウンドは、社会体育団体が野球の練習試合なども使われてきており、野球そのものが禁止されているわけではない。ただ、これは学校時間外でのことであり、普段の学校生活における校庭の使用となると、話はまったく別だという

「休み時間に子どもたちが軟らかいボールを使ってハンドベースボールすることはあるでしょう。しかし、野球用のボールを使えば、他の児童の目に当たってけがをする恐れがあります。ハンドベースボールをする際に、グラブを使うくらいのことはできると思いますが……」
 

大谷翔平選手から贈られたグラブを手にはめる児童たち=1月11日、山形市の市立西山形小

■活用方法を「検討中」の学校も

 実はこれは、別府市に限った話ではない。小学校での休み時間における校庭の使用規則を調べると、多くの学校が野球ボールを使って遊ぶことを想定していないことがわかった。そもそも最近の小学校には、基本的に野球ボールがないのだ。

 1977年に学習指導要領が改訂された際、小学校の体育から「ベースボール型」の学習が削除された。その結果、学校から野球ボールが消えた。

 その後、2008年の改訂でベースボール型の授業は復活したものの、安全面に配慮して野球ボールは使われず、ドッジボールを使った「キックベースボール」や、ウレタン製のボールを用いた「ティーボール」などが行われている。

 そのような状況のなか、大谷選手から「野球しようぜ!」というメッセージとともに全国の小学校にグラブが届いている。

 校内でお披露目式が開かれ、子どもたちがグラブに触ったり、手にはめたりして喜ぶ姿を多くの人が目にしてきたが、今後、学校はグラブをどう活用していくのか。

 休み時間のルールに野球ボールについて記述のある学校など15校に、寄贈されたグラブの活用方法について取材したところ、5校が「まだ検討中」と回答した。
 

■学校の外で使うのが「現実的」

 その一つが、1月上旬にグラブが届いた長野市立若槻小学校だ。

「各クラスにグラブをまわして、子どもたちに触ってもらおうと思っていますが、その後、どうするかはまだ検討中です」

 と教頭は説明する。

 若槻小では、休み時間に硬・軟式ボールを使うことを禁止している。しかし、実際のところは体育の授業で使わないため、学校に野球ボールがないのだという。

「地元の野球チームに所属している児童に、希望があればグラブを貸し出して、学校の外で使ってもらってはどうかという案が出ています。それが一番現実的かなと思います」(若槻小教頭)
 

 福岡県の北九州市立藤松小も、グラブをどう活用するか模索中という。

「各教室にまわして、子どもたち全員がグラブを手にしましたが、まだキャッチボールはしていません」

 と、教頭は打ち明ける。

 藤松小では「野球など他の人の迷惑になる遊び」を校庭で禁じている。

「そのようなことも含めて、今後グラブをどのように活用していくか、教員だけでなく、子どもたちの意見も聞きながら、考えていきたいと思います」(藤松小教頭)

 取材した学校のなかには、グラブは届いたものの、「活用についてはまだ何も決まっていない」と、そのまま校内で保管している学校もあった。
 

■ボールは「硬くてもテニスボール程度」

 一方、取材した半数以上の学校が、安全面に配慮しつつ、グラブを活用する計画を立てていた。

 埼玉県の越谷市立南越谷小の校長は「実際にキャッチボールをして、野球に対する興味、関心が高まるようにしていきたい」と意気込む。

 南越谷小には、学校で「キャッチボールなどはしない」という規則がある。

「ただ、それは子どもたちが自由に遊ぶ時間のきまりです。本校には野球のクラブがありますので、教員がしっかりと指導できる体制の中でグラブを使っていこうと思っています」(南越谷小校長)

 同県の志木市立志木小は、ボールを工夫することでグラブを使っていきたいと言う。

「今は、昔のように子どもたちがみんな野球をやっている時代とは違います。硬球や軟球は使えないので、もっと軟らかいボールを使用することを考えています」(志木小教頭)

 志木小は児童数約900人の大規模校だが、校庭は市内で最も狭く、休み時間は「密」になりやすいという。

「そんな事情もありますので、ボールは硬くてもテニスボール程度かな、と話し合っている最中です。野球を広めたいというのが大谷さんの趣旨ですので、これを機会にグラブを買い揃えて、1クラスぶんくらいが使えるようにしてあげたいという気持ちがあります。ただ、お金と相談というところですね」(同)
 

 京都府の木津川市立木津小は、体育の授業で使用している軟らかいウレタン製の「ティーボール」の使用を考えている。

「グラブは、体育の授業等で活用していく予定、と保護者にもお伝えしています。本校は野球用の硬いボールは扱っていないので、今の段階では、ティーボールを使っていくつもりです」(木津小教頭)
 

■感じられた意識の「差」

 さらに、まったく別な視点から、寄贈グラブの活用を語った学校長もいた。

 横浜市立新吉田小の校長は「グラブを校内に飾るだけではダメで、使わなかったら意味がない」としたうえで、

「何よりも大谷選手の夢やスピリッツを子どもたちに伝えて、前向きに頑張る気持ちにつなげていくことが教育に携わる者としての大事ではないか」

 と話す。

 新吉田小の児童数約760人に対して、グラブは3個である。

「この3個のグラブに対して、子どもたち自身がどう使うのか考える。そのこと自体がものすごく大切なことだと思っています。グラブを通じて大谷選手からのメッセージを受け取った子どもたちが1年後、2年後にどう変化するのか。誰も想像できないでしょうし、とても楽しみです」(新吉田小校長)
 

 今回の記事で紹介した学校は、いずれも寄贈グラブについて熱っぽく語ってくれた学校だ。その一方で、「やっかいなものが届いた」という意識が感じられた学校も少数ながらあった。

 グラブを使うとなれば、それに応じた安全対策が必要となり、野球ボールを使ってキャッチボールをする際には教員の配置が求められる。ただでさえ忙しい学校の現場にとって、負担が増えることになる。

 華々しいお披露目式が終わり、「野球しようぜ!」のメッセージは、これからどう子どもたちに伝えられていくのだろうか。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)