岸田文雄首相

 岸田文雄首相はいま、四面楚歌(そか)に陥っている。自民党派閥のパーティー券による“裏金”問題をめぐって党内に政治刷新本部をつくり、その本部長に就任したものの、1月下旬に中間とりまとめを発表する前に前月まで会長を務めていた宏池会の解散を宣言。それが茂木敏充幹事長とともに「トロイカ体制」を組んできた麻生太郎副総裁の逆鱗(げきりん)に触れたのだ。

 すでに麻生氏は「ポスト岸田」として、上川陽子外相に着目した。1月28日の講演では上川氏を「カミムラ」と間違えた上、「このおばさん、やるねえ」や「そんなに美しい方とは言わない」などの発言が問題になったが、「堂々と話をして、英語もきちっと話をして、自分でどんどん会うべき人たちの予約を取る。あんなふうにできた外相は今までいない」と述べ、最大の賛辞を送っている。

 さらに以前から上川氏に注目していたのが、亀井静香元自民党政調会長だ。昨年12月のテレビ番組で「見てなさい、俺の予測は当たるから」と、将来の自民党総裁に、高市早苗経済安全保障担当相と並んで上川氏の名前を挙げている。

■自民党政治に飽き飽きした有権者

 2月4日に投開票が行われた群馬・前橋市長選で、4期目を狙った自公系の現職を新人の女性候補が1万4099票差で倒したことも、その流れに勢いをつけるだろう。当選した小川晶氏は41歳の弁護士で、群馬県議を4期目途中まで務めた。昨年12月の情勢調査では、現職の山本龍市長より劣勢だった。

 もっとも4年前の同市市長選が自民党の分裂選挙だったことも、今回の市長選の結果に少なからず影響していたのかもしれない。しかし既存の自民党政治に飽き飽きした有権者の思いが、その底流にあることは間違いない。

 それに大きく影響したのが派閥のパーティー券による“裏金”問題だが、岸田首相はそれを「安倍派の問題」にしようと、問題発覚時に安倍派に所属した官房長官および閣僚を更迭した。安倍派と同じく“裏金”問題で解散した二階派の小泉龍司法相と自見英子万博担当相は、派閥を離脱したことで留任させた。

取材に応じる盛山正仁文科相=2024年2月9日、国会内

 しかし2月6日付の朝日新聞が、盛山正仁文部科学相が2021年の衆院選で旧統一教会(世界平和統一家庭連合)系の団体から推薦状を受け取っていたことを報じたとたん、風向きが変わった。

 これは、昨年10月に盛山氏が、文科相として旧統一教会に対する命令を東京地裁に申請したことへの“報復”だろう。盛山氏は22年9月に行われた自民党の調査には「関係団体とは認識せず、1度だけ参加してあいさつした」と申告していたが、選挙協力に関しては隠蔽(いんぺい)していた疑いが強まった。野党からは大臣不信任決議案を提出する動きもあるが、任命責任を問われかねない岸田首相は、盛山氏を更迭することはできない。

 しかも盛山氏は、岸田首相が会長を務めた宏池会に所属していた。これに「ダブルスタンダードだ」と反発したのは、冷遇された元安倍派の議員たちだ。もし大臣不信任案が提出されれば、賛成票を投じなくても、欠席することで反対票を減らし、可決させることは可能になる。

■国民民主の玉木代表も離脱を決定

 そして国民民主党も岸田首相を見放した。2月7日にはトリガー条項凍結解除をめぐる自公との協議からの離脱を正式決定した。

 ガソリンにかかる揮発油税を一時的に引き下げるトリガー条項凍結解除は、国民民主党にとって2021年の衆院選に公約として取り入れて以降の「目玉政策」となっている。その実現は悲願であり、そのために野党でありながら政府予算案に賛成を投じてきた。2022年の衆院予算委員会では、岸田首相の「あらゆる選択肢を排除しない」という“トリガー条項”について言及のない発言にすらすがりつき、“から喜び”してきた。

 2月6日の衆院予算委員会で、国民民主党の玉木雄一郎代表は「事務手続きはクリアできる。必要なのは総理の政治判断」と迫ったが、岸田首相は玉木氏が提示した事務手続きを「新しいご提案」として「検討する」とだけ回答。これまでの国民民主党が説明してきたことを“リセット”してしまった。

 それを冷たい目で見ていたのは、昨年11月に国民民主党を離党し、教育無償化を実現する会を立ちあげた前原誠司氏だった。前原氏は2022年度本予算を決議した衆院本会議を、体調不良を理由に欠席したが、後に「ガソリンを下げることは大変重要だが、それだけではない」と述べ、この時の路線の相違が離党の原因になったことを明かした。

 離党という仲間割れを招いてもいとわなかったトリガー条項凍結解除だが、それから3カ月も経ずして国民民主党は岸田政権から離れ、今度は立憲民主党に近づこうとしている。4月28日に行われる衆院東京15区補選で、国民民主党は高橋茉莉氏を擁立。同じく補選が行われる衆院島根1区と衆院長崎3区に候補を擁立している立憲民主党にも協力を呼びかけた。「島根と長崎では立憲の候補、東京では国民の候補を一緒に応援しよう」というわけだ。

“党外与党”のはずの国民民主が……

 これは衆院で7人、参院で10人を擁する国民民主党の“野党化”で、岸田政権の“戦力低下”であることは間違いない。玉木氏は、宏池会の中興の祖である故・大平正芳元首相の後継を自任し、国民民主党が2022年度予算に賛成した時には岸田首相と連絡を取っていることを強調するなど、自民党との近似性を示していた。すなわち「党外に置いた与党」というのがこれまでの国民民主党の位置付けだったのだ。

 昨年の自民党の調査では、次期衆院選の自民党の予想議席は最悪で220議席となり、この傾向は今年に入っても変わっていない。これに公明党を加えても、かろうじて過半数を維持できる程度だ。

 にもかかわらず、岸田首相があえてトリガー条項凍結解除に真剣に向き合わないのは、これに消極的な財務省と、財務省の思惑通りに動く党内の税制調査会(税調)の勢力に制されているためだ。

 その財務省に影響力を有する麻生氏は、次の衆院選では不出馬説がささやかれている。とはいえ、その権力は衰えるとは限らない。同じくわずか1年で首相の座を退いた森喜朗氏も、キングメーカーとして長らく君臨した。

国政報告会で講演する自民党の麻生太郎副総裁=2024年1月28日、福岡県芦屋町

 だがその威光もまた、安倍派の凋落とともになくなろうとしている。そこで次のキングメーカーにとってかわろうと、それまで岸田政権を支えてきた麻生氏が上川氏を担いで台頭。これに対して岸田首相は衆院解散権の行使で対抗しようとしているというのが現在の永田町の情景だ。

 四面楚歌となった項羽は愛する虞美人と別れ、壮絶な死を遂げている。岸田首相は果たして……。

(政治ジャーナリスト・安積明子)