自治体で今でも使われている3.5インチのフロッピーディスク=米倉昭仁撮影

 経済産業省が1月22日、34の省令の一部を改正し、公布・施行した。それは提出用の記録メディアとして「フロッピーディスク(FD)」を指定するのをやめるという内容で、対象は鉱業法や電気工事法、アルコール事業法、商店街振興組合法など多岐にわたる。すでに13年前にメーカーの販売が終わり、一般に目にする機会がなくなったFD。にもかかわらず、全国各地の自治体ではFDが使われており、FDを頼りにしている企業などもある。なぜ未だにFDを使い続けるのか。

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 かつては職場や家庭で広く使われていたフロッピーディスク。記録メディアの主流がUSBメモリーやSDカードなどになった今では、若い世代は存在すら知らないかもしれない。

 FDは磁気ディスクの一種で、主流だった手のひらサイズの「3.5インチ型」の記録容量は最大で1.44メガバイト。スマホで撮影した写真1枚も入らないが、文字データであれば新聞約2日分の情報を記録できる。

 1981年にソニーが世界に先駆けて3.5インチ型FDを発売すると、使い勝手のよさからパソコン用から業務用機械まで、さまざまな製品に採用された。しかし、2000年をすぎると急激に需要は減少し、11年にすべての国内メーカーが販売を打ち切った。

 それから、13年。

 さまざまな省令には、申請や届け出の際にFDの使用を定める規定が数多く残り、デジタル臨時行政調査会(デジタル臨調)が調査したところ、FDを含む磁気ディスク等に関する法令の規定は2088条項(22年12月時点)もあった。

 河野太郎・デジタル相は22年8月の定例会見で、時代遅れの行政手続きを、FDを引き合いに出して痛烈に批判した。

「今、フロッピーディスクなんて、どこで買えるのか」
 

自治体で使われているフロッピーディスクと読み取り用のディスクドライブ(左)=米倉昭仁撮影

■総務省は「議論していない」

 今回の経産省の省令見直しは、FDなどの記録メディアの指定を廃止する「デジタル原則」の一環で、デジタル臨調は今年6月までに終えることを目指している。

 ところが、全国の地方自治体では今でもFDを普通に扱っている。

 例えば事業者は毎年1月末までに、従業員にどれだけ給与を支払ったか、住民税の算出に使われる「給与支払報告書(給報)」を各市町村に提出することになっているが、CDやDVDのほか、FDでも受け付けている。

 なぜFDによる提出を認めているのか、いくつかの自治体は判で押したように同じ答えを返した。

「総務省からそのような通知が出ています」

 総務省市町村税課も、このように説明する。

「手続き上、事業所に不都合なことが生じるわけではないので、給報の提出方法からFDを外す、外さないという議論自体していない」

 しかし、銀行では近年、FDからデータを読み込む機器の維持管理にコストがかかっているとして、FDでの振込手続きの新規受け付けをやめ、既存の顧客には手続きの有償化を進めているところが相次いでいる。たとえば、みずほ銀行はFDを使う顧客には月額5万円の料金を設定している。

 自治体も同様のコストがかかっていると思われるが、総務省は「FDの提出を認めていることについて、特段議論はしていません」との回答だった。
 

■セキュリティー「最強」のFD

 給報を提出するには「eLTAX(エルタックス)」という電子申告が普及しているが、どんな事業者がFDを使っているのか。

 都内でも中小企業が多い中央区の担当者は、

「外部ネットワークに接続できなくて、エルタックスを使用できない事業者が多い」

 と説明。具体的には病院や学校だという。

フロッピーディスクと、データを読み取るディスクドライブ=米倉昭仁撮影

 コンピューターやインターネットのセキュリティー事情に詳しいトレンドマイクロ(本社・新宿区)によると、病院や工場などではインターネットと切り離した独自のネットワークを構築することが一般的で、インターネットを通じてデータを送るより、FDで受け渡しをしたほうがデータ漏洩のリスクが低いという。

「たとえFDを紛失しても、読み取り装置がないと中身を見ることはできませんから」

 と、トレンドマイクロの担当者は説明する。

 さらに、USBメモリーにコンピューターウイルスを潜ませてパソコンに感染させ、データを盗むケースはあるが、「FDでの事例はほぼない」と言う。

「ウイルスというのは広く感染させることが目的なので、使われている環境がかなり限定されているFDは、攻撃者が使おうという気になりません。なので、FDが攻撃の手段として用いられる可能性はかなり低い」(トレンドマイクロの担当者)

 そもそもFDの容量が小さいため、データが大きなウイルスがそもそも入らない、という理由もあると見る。
 

■今でも「新品」の発見が

 FDは、パソコン以外にも工作機械、印刷機、工業用ミシン、測定器、エレクトーンなどの楽器と、さまざまな機器で使われてきた。

 アパレル業界で使用されている業務用刺しゅうミシンもその一つ。作業服への会社ロゴなどの刺しゅうを約20年にわたって手掛けてきた東海地方の業者によると、パソコンで作成した名前やロゴマークなどのデータを、FDを使って刺しゅう機に移す古い製品を愛用する業者が少なくないという。

一部の業者で使われているフロッピーディスク=刺しゅう業者提供

 この企業の女性社長は、

「うちもそうですが、昔からあるマニアックな業者ほど、FD時代の刺しゅう機が好きですね。新しい刺しゅう機が出るたびにメーカーから買い替えを勧められますが、それほど稼いでいないので(笑)」

 と話す。
 

フロッピーディスク時代の刺しゅうミシンは、シンプルで長持ちするという=刺しゅう業者提供

 最近の刺しゅう機は、パソコンで作った絵柄のデータをWi−Fi経由で受け取れるが、刺しゅうの位置がずれてしまうエラーが発生したり、電子基盤が故障したりすることが少なくなく、用途が限られた専用の機器だけに交換修理の費用もばかにならないという。

 一方、FDを使った古い刺しゅう機は、コンピューター制御の部分が少ないぶん整備しやすく、長く使えているという。また、機器の構造がシンプルなため、糸のテンションなどを調整したり、カスタマイズができたりするのもメリットだという。

「もちろん、最新型の自動制御の刺しゅう機が優れている点もありますが、それを導入すれば完璧な刺しゅうができるわけではありません。ほかの社長さんも、FDの刺しゅう機のほうがかわいがってあげたぶん、自分の思いどおりに調整してうまく刺しゅうができると言います」(同)
 

 FDは今でも、アマゾンなどで「未使用在庫品」が簡単に手に入る。

 国立科学博物館の産業技術史資料情報センターによると、これまでに生産された3.5インチ型FDは、約360億枚にのぼるという。
 

香美町役場の倉庫で「発見」されたフロッピーディスク=同町提供

 兵庫県香美町は昨年、60枚のFDを官公庁オークションに出品。町役場の倉庫で「発見」された新品で、6千円で落札されたという。町は落札者を公表しておらず、「いったい何に使うか、わからない」と担当者。

 姿を消したかに思えるFDだが、「絶滅」の心配は当面なさそうだ。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)