※写真はイメージです(写真/Getty Images)

「眠れない」「気力が出ない」など、心の不調を感じつつ、「解雇されるのが不安」などの理由で、悩みを誰にも相談できない人はけっこういるのではないでしょうか。メンタルへルスの不調を感じた場合、職場ではどこに相談すればいいのか、休職が必要なケースやタイミングを知ってもらうため、週刊朝日ムック「手術数でわかる いい病院」編集チームが取材する連載企画「名医に聞く 病気の予防と治し方」からお届けします。「職場のメンタルヘルス」全3回の1回目です。

*  *  *

■「いつもと違う自分」を感じたら、精神科・心療内科の受診を

 大手メーカーの営業職として勤務する佐々木健さん(仮名・31歳)は、責任感が強く、顧客からの信用も厚い社員です。「彼に任せておけば大丈夫」と部内では高く評価されていました。ところがある日、顧客が注文した商品が納期に届かないというトラブルが発生します。佐々木さんだけの責任ではなかったのですが、顧客から叱責されてすっかり落ち込み、その日から、眠れなくなってしまいました。

 佐々木さんは食事ものどを通らず、家族からは「休みをとって、心療内科に行ったほうがいい」と心配されましたが、無理をして出社を続けました。体調が悪そうな様子を見た上司が、「産業医に相談してはどうか」と声をかけました。日に日に調子が悪くなるという実感があった佐々木さんは、これに応じます。しかし産業医との面談日の直前、朝、ベッドから起きることができなくなり、そのまま、休職となってしまったのです……。

 厚生労働省の「令和4年 労働安全衛生調査(実態調査)」では、過去1年間にメンタルへルス不調により連続1カ月以上休職した労働者がいた事業所の割合は10.6%で、前年(8.8%)に比べ増加。また、教職員の精神疾患による休職者数が過去最多(文部科学省「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」)となるなど、心の病気による休職者は増えています。

 仕事量が多いなど、職場の問題が原因となって起こる心の病気は、主にうつ病と適応障害です。公的機関や民間企業で30年以上にわたり、産業医業務に従事している京都大学名誉教授の川村孝医師は、

「心の病気は『自然によくなるかもしれないから、もう少し様子を見よう』と思っている間にどんどん悪くなります。2〜3週間以内に朝、起きられなくなり、そのまま休職、というケースも珍しくありません。また、重くなればなるほど、回復に時間がかかります。『仕事はできているけれど、いつもの自分と何か違う不調がある』という段階で、精神科や心療内科を受診してほしい」と話します。

「うつ病の初期症状は、『不眠が連日続く』『食欲がない、あるいは食事がおいしいと感じない』などです。そのほか、『動悸や涙が止まらない』『集中力が続かず、ぼーっとしてしまう』という症状も、心の病気の入り口にいるサインです」(川村医師)

 日本産業精神保健学会副理事長で精神科医として職域メンタルヘルスの研究をおこなっている北里大学大学院産業精神保健学教授の田中克俊医師は、「とくに不眠には注意が必要」といいます。

「どんな人でも眠れない状態が続くと、記憶力や判断力が低下します。そのような状態で働き続けても、抱えている問題の解決がさらに難しくなるだけでなく、そのうち脳の疲労が進んで体や心の不調が現れるようになってしまいます。不眠の改善には、睡眠薬以外の方法もありますので、眠れなくて困った状態が続いたら、会社の健康管理室や専門医に相談するようにしましょう」

■予防には周囲に助けを求めることもポイント

 心の病気の予防には、仕事の悩みやストレスについて話を聞いてくれる相談者や支援者を持つことが有効です。サポートがある人ではメンタルの不調が起こりにくいことがわかっています。

 職場の相談先として、一番近くにいるのは上司です。川村医師は、

「『忙しそうだから』と遠慮するべきではありません。『5分でいいから時間を作ってほしい』と声をかけてください。上司がパワハラの当事者であるなどの理由で相談できない場合は、その上の上司、あるいは他課の管理職など、話せる相手を見つけましょう」

 とアドバイスをします。

 職場の産業医も相談先になります。産業医とは医師免許とは別に、産業医の認定資格を持ち、事業場において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事がおこなえるよう、専門的立場から指導・助言をおこなう医師です。患者(労働者)に対して医療行為はしないため、診療や薬の処方は医療機関の医師がおこないます。

 産業医は医療機関や心理カウンセラーを紹介したり、復職の際に主治医と連絡を取り合うなどして、労働者のサポートを担います。

 また、常時50人以上の労働者がいる事業場には産業医を配置する義務があり、1000人以上(有害業務がある場合は500人以上)の事業場では専属の産業医を置くことが定められています。

「産業医は会社の事情をよく知っているので頼りになります。企業によっては産業医のサポート業務を担当する産業保健師を置いているところもあり、どちらに相談してもいいでしょう。産業医や産業保健師はストレスへの対処法などもアドバイスしてくれます。また、守秘義務があるので、相談者の許諾がない限り、会社に相談内容が漏れることはありません」(川村医師)

 会社によっては社外の機関と連携して、従業員の相談窓口を設けているところもあり、「社外EAP(Employee Assistance Program=従業員支援プログラム)」と呼ばれています。この社外EAPからカウンセラーや心療内科を紹介してもらうこともできます。

■主治医に「休職」をすすめられたら、躊躇せずに休む

 不調の程度によっては、主治医や産業医から休職をすすめられることがあります。その場合は、指示にしたがうことが賢明です。

「医師は専門家としての立場から、『このまま仕事を続けたら、倒れてしまう』と判断して、休職の指示を出しています。『休んだら、リストラされてしまうのでは?』と心配する声をよく聞きますが、無理をして働き続けると職場でミスが多発し、逆に評価が落ちてしまいます。からだを万全にして復職をするほうが、得策と考えましょう」(同)

 なお、企業は医師からの要休職の診断書と本人からの申し出があれば、ただちに、休職を命令しなければなりません(安全配慮義務)。休職は法律上では「解雇の猶予」と位置づけられます。

「わかりやすくいえば、『よくなるまで待っているから、しっかり療養してくださいね』ということ。企業によって定められている休職期間は異なりますが、一つの病気に対して最長1年から1年半というところが多いです。なお、休職期間中は無給としているところが多いですが、健保組合から傷病手当金の支給を受けることができます」(川村医師)

「短期間職場を離れ、ゆっくり眠れるようになっただけで、すっと楽になることも少なくありません。最近は、業務内容や職場環境の問題で休務する方も多いですが、その場合には、単にお薬を飲んで休むだけでなく、できるだけ早いうちに、復職後の業務や環境調整について、産業医や上司を交えて相談する機会を持つとよいでしょう」(田中医師)

(文・狩生聖子)