江戸辻屋の「本マグロのトロ三昧」。価格は6600円(撮影/上田耕司)

 豊洲市場にある複合施設「千客万来」が2月1日にオープンしてから約1カ月。外国人観光客の注目スポットにもなっており、施設内の飲食店には、明らかに外国人をターゲットにしていると思しき店舗もある。そんな中、最も高額だとされるのは、1万8000円のうに丼。通称「インバウン丼」とも称されるこのうに丼は、はたして適正価格なのか。プチバブル状態とも言われる、千客万来の現状を取材した。

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 2月29日に千客万来を訪れると、オープン当初のように外国人でごった返す感じではなく、日本人の姿も多い。当然、インバウン丼という名前の丼があるわけではなく、施設に入る店舗の店員に聞くと、「インバウン丼というのは、高額ゾーンの海鮮丼の俗称ですよ」と教えてくれた。

豊洲「千客万来」の外観(撮影/上田耕司)

 早速、うわさに聞く「1万8000円」のうに丼が置いてある店に行ってみると、店員から「取材はお断りします」と言われてしまった。これまではテレビや雑誌などの取材を受けていたが、今は控えているという。SNSなどで「インバウン丼はボッタクリ」などと炎上することが多く、変なイメージがつくことを避けているのかもしれない。

 だが、施設内にある海鮮料理店「江戸辻屋」の40代店員は「うちの店で一番高い『江戸辻屋の本マグロ丼』(6980円)は、通称『インバウン丼』と呼ばれています」とあっけらかんと言う。約7000円の海鮮丼が1日に20食も出るという。一部から「ボッタクリ」などと言われる現状についても一笑に付す。

「6980円がボッタクリ? これがボッタクリ丼だと思うんだったら、別にそう思えばいい。誹謗中傷だとも思わないし、逆にチャンスだと思っています。話題になって、お客さんに食べに来てもらって、それで『やっぱり価値があるね』と思ってもらえればそれでいい。その上で、お客さんが“ボッタクリ”だと思うのであれば、それはお客さんの価値観でしょう。今は円安だし、外国人にとってはこの値段でも安いんですよ」

江戸辻屋の海鮮親子丼=3600円(撮影/上田耕司)

■インバウン丼を頼むのは日本人

 そして、6980円という値段は適正価格だと胸を張る。

「うちは愛媛県の宇和島で養殖された本マグロを、冷凍ではなく、生で仕入れて使っています。それにかかる経費や人件費、場所代などもろもろ考えてもらえればわかると思いますが、完全に適正価格ですよ」

 そう店頭で話している短時間のあいだにも、「本マグロのトロ三昧」(6600円)、「海鮮親子丼」(3600円)、「本マグロとぶりの紅白丼」(3600円)などが次々と売れていく。客は6対4で日本人の方が多い。必ずしも、外国人だけが食べているわけでもないようだ。

「外国人は中国人と欧米人が半々くらいですね。特に、中国人はお金を持っているなあという実感はあります」(店員)

 かつてテレビの情報番組でも取材されたというのは、「魚々屋たかぎ」。ランチメニューで一番高額なメニューはウニ、カニ、マグロなどが乗った海鮮丼「極」(7800円)。今日だけで10食ほど売れたという。

「海外のお客さんよりも、観光バスで来る日本人の方が多いですね。丼ものは金額が上がるほど種類が増えたり、ネタのグレードが上がったりするので、外国のお客さんはやはり高額なものを好む傾向が強いですね。うちの会社はこれまで居酒屋をやっていて、こうした海鮮をメインにしたお店は初めて。ネタは、大将が独自のルートで仕入れています」(女性マネジャー)

記者が食した「魚々屋たかぎ」の海鮮丼(梅)。あら汁がついて2600円だった(撮影/上田耕司)

 記者が「7800円は高くて無理なので、もっと安くてお勧めのものを教えてください」と言うと、女性店員は海鮮丼の「梅」(2600円)を勧めてくれた。食べてみるとネタがぶ厚く、プリプリとしており、この値段でも十分にマグロを堪能できた。

「魚々屋たかぎ」の料理人のネパール男性(撮影/上田耕司)

■調理するのはネパール男性

 そして「インバウン丼」をつくっていたのは外国人、というのも驚きだった。調理場にいたのは、料理人として働くネパール人男性。今や大将の右腕だという。

「私は日本に来て12年になります。学生の時から飲食業界でバイトをしていて、すしの修行経験もあります。外国人はだいたいマグロが好きですね。ネパール人も好き。この会社に入ってずっと居酒屋で働いていたのですが、新しく海鮮丼のお店を出すというので自分からやりたいと言いました」

 インバウン丼は外国人狙いとばかりと思っていたが、むしろ日本人が消費しているという意外性。さらに、インバウン丼をつくる外国人もいるという不思議……。千客万来は、なかなか奥が深そうだ。

(AERA dot.編集部・上田耕司)