フランシス・フクヤマ氏

1989年に発表した論文「歴史の終わり?」で、西側諸国のリベラリズムが、人間のイデオロギー的進化の終着点なのではないかとの見方を示した、米国の政治学者のフランシス・フクヤマ氏。不確実性が増す世界で、一度は「歴史の終わり」を提唱したフクヤマ氏が、日本の行く末について語る。最新刊『人類の終着点――戦争、AI、ヒューマニティの未来』(朝日新書)から一部を抜粋・再編して公開する。

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■全地球規模で起こり始めている「分断」の乗り越え方

 ――あなたはグローバルな視点で、世界をどう見ていますか。現在は、第二次世界大戦以降で最大の転換点にあると感じます。独裁的な中国は力を伸長していますし、ロシアはウクライナに侵攻しました。さらに、グローバルサウスと呼ばれる新興国の存在感が増しています。一方で、民主主義国家内では混乱が起きています。社会経済やアイデンティティの異なるグループごとに、分断が起きています。次の数十年間で、世界はどうなると考えていますか。

 フランシス・フクヤマ:今の世界には、新たな分断があります。

 民主主義と非民主主義の分断。ですが、これは将来的に最も激しい分断とはならないでしょう。たとえばBRICSサミットがありましたね。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの非同盟グループです。ですが、このグループをよく見れば、サミットを開催して協力関係を謳っているものの立場の異なる国々なのです。

 インドと中国は安全保障の問題を抱えています。国境地帯で紛争がありますからね。インドは一帯一路政策を好ましく思っていません。

フランシス・フクヤマ氏

 ですから、この両国は潜在的なライバルなのです。政治システムも大きく異なります。インドは、反リベラルな方向に舵を切ったとはいえ民主主義国家です。一方の中国は、独裁国家です。

 われわれが目にするのは、多極的な世界です。現在の米国は、1989年から2008年の20年間のような覇権を世界に及ぼす存在ではなくなりました。しかし、巨大な存在であることは間違いありません。欧州も、同様に存在感があります。日本と韓国も主要なプレーヤーです。ですが、力は分散されるでしょう。今後直面する課題ごとに、異なる同盟関係が形成されていくことでしょう。

 たとえば、バイデン大統領は独裁国のベトナムを訪問しました。ベトナムは、反中国でもあります。地政学的な狙いがあるので、その方向に外交政策を進めているのでしょう。

 東アジアで、日本は民主主義とリベラルな価値を守る、いかりのような存在です。2022年の時点では世界3位の経済大国ですし、重要なプレーヤーです。興味深いと思うのは、1990年代はじめにバブルが崩壊して、「日本はピークを過ぎた」と多くの人が感じましたが、ここ数年、好調を維持しています。経済は再び成長しています。

 一方で日本は、長期的な人口減少に直面しています。ですが、これはアジアの他の諸国も同じです。中国の人口減少は、日本よりも大きなものです。先進国はこの問題に直面していますが、日本の政治状況は、欧州の国々よりもずっと安定しています。もちろん、米国よりもです。

 また、国民としてのアイデンティティも確立しています。日本は安定した島と言えるでしょう。日本にとっての課題は、1945年以降は平和国家になったことでしょう。これは米国が求めたことでした。1945年以降のドイツに対して、米国が望んだことでもあります。

 ですが、アジアのパワーバランスは変化しています。新たな脅威が生まれており、それには経済的な力だけではなく、軍事戦略的な力も必要です。そのような役割を担うのかどうか、日本は決断しないといけません。多くの日本人が幾世代にもわたって、平和的なメンタリティを育んできましたので、とても難しい決断になるでしょう。

 ですが、ウクライナへの侵攻を見れば、軍事力というのは、今でもグローバル政治において重要な要素なのです。ですから、そのような世界で日本の果たすべき役割を真剣に検討すべきでしょう。

人類の終着点

 ――多くの日本人にとって、ロシアがウクライナに侵攻したことは警鐘になりました。ロシアの侵攻を新たな時代の先駆けとすると、これからの時代はどのように特徴づけられるでしょう。たとえば、歴史家のエリック・ホブズボームは、1914年から1991年までの期間を「短い20世紀」と呼んでいます。長いにせよ短いにせよ、21世紀はどのような世紀と言えるでしょうか。

 この問いに答えるのは、大変難しいです。なぜなら、われわれの未来は、結果を見ることができない、多くの事象に左右されているからです。

 たとえば、トランプが2024年に再選されれば、米国の力の末期的衰退となるでしょう。また、その結果として、世界も違ったように見えてくるでしょう。

 あるいは、ウクライナがロシアの侵攻に持ちこたえて、どうにか打ち勝って、立場を逆転させることができれば、欧州の物事の方向性は大きく変わるでしょう。それは、軍事力を行使しようとする、他の国々が踏みとどまるための良い教訓になります。

 もしウクライナが敗北すれば、その逆の効果があります。つけあがる国もあるでしょう。

 こうした短期的な事象の結果を、われわれはまだ把握できていません。ですから、長期的な予測を立てるのは極めて難しいと言えます。