自身のチャンネルで精子凍結したことを報告した人気YouTuberのはじめしゃちょー(YouTubeから)

 自分の精子を凍結する未婚男性が増えているという。若い男性たちに、いま何が起こっているのか。

*  *  *

■人気YouTuberも凍結

「今すぐ子どもがほしいわけじゃないですけど、ほしくなったときにできなかったっていうのが、自分の中で引っかかってるというか、怖くて」

 2023年6月、人気YouTuberのはじめしゃちょー(30)が自身の精子凍結を報告する動画が話題を呼んだ。精子凍結に至った背景は、=の記事の佐藤さん同様、精子の加齢が進むことに対して、「自分が年を取って子どもがほしくなったときに、できなかったらどうしよう」という不安があったという。仕事柄、睡眠不足や暴飲暴食など、本人いわく「ハチャメチャな生活」を送っており、日頃の生活習慣も精子の質に大きく関わってくることを踏まえ、「少しでも若いうちに精子を凍結しておこう」と気持ちが固まったことを明かした。

 精液検査を経て、受精までうまくたどり着けない可能性がある形態異常精子の傾向が見られたものの、クリニックからの「大きな問題はない」という説明を受け、精子凍結に踏み切った。将来、子どもを望んだときに、「できないってなったときに使おうかって感じ」だという。

 プライベートかつセンシティブな話題であるがゆえに、「動画にするには結構勇気がいりました」としながらも、「“保険的な感じ”で精子を凍結しました」「こういうのもあるよっていうことを知っていただけたら何よりです」と真剣な表情で語った動画は、3月時点で375万回以上、再生されている。

■将来的な備えとしての精子凍結

「加齢による精子の質の低下を踏まえ、将来的な備えとして精子凍結を考える男性は、圧倒的に若い世代が多いです」

 こう話すのは、不妊治療を専門とした「はらメディカルクリニック」で培養士を務める、荒井勇輝さん。はじめしゃちょーの精子凍結を担当した培養士でもある。同クリニックでは、昨年4月から健康な未婚男性の精子凍結をスタートしたが、約1年半で150人程度が凍結を実施した。年間約380件という卵子凍結の件数と比べると、約3分の1にとどまるものの、決して少ない数ではない。

精子を凍結保管する様子(はらメディカルクリニック提供)

■20代から踏み切るのは「真っ当な判断」

 年代は、20代が4割、30代が3割、40代が2割と、圧倒的に若い世代が多い。精子凍結に至る背景として、「知り合いが不妊治療を経験していて、自分も不安になった」「将来的には子どもがほしいが、パートナーがいつできるかわからない」「すぐに結婚する予定がないので保険的な意味合いで」などの声が聞かれるという。

「不妊治療経験者の中心層が30代であることを踏まえると、精子凍結を選択する人はそれより少し若い世代という印象です。不妊治療が広がり、治療をスタートする患者さんも年齢の若い人が増えてきました。こうしたことを受け、“将来に備えて若いうちに凍結を”と考える人が増えているのかもしれません」(荒井さん)

 精子凍結、卵子凍結に関するカウンセリングなどを行う香川則子さん(プリンセスバンク)は、「若い世代ほどコスパを重視する傾向がある」と話す。20代と若いうちに精子凍結に踏み切るのも、「コスパを考えると、真っ当な判断」だと頷く。

■20人に1人が男性不妊症

 2022年度に発表された厚生労働省の調査(不妊治療を受けやすい休暇制度等環境整備事業)によれば、日本では、不妊を心配したことがある夫婦は39.2%で、夫婦全体の約2.6組に1組の割合だ。実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は22.7%で、夫婦全体の約4.4組に1組とされる。また、WHOの統計(1996年)によれば、不妊症の原因のうち、48%は男性が関与していることが明らかになっている(男性原因が24%、男女両方の原因が24%)。

「女性の卵子ほど加齢の影響は受けないものの、精液の状態も年齢とともに悪化します」と話すのは、男性不妊治療を専門とする辻村晃教授(順天堂大学医学部付属浦安病院泌尿器科)だ。

 現在、男性の約20人に1人が男性不妊症であると推定されている。男性不妊の原因は、①睾丸で精子をうまく作れない、あるいは精子の質が悪い「造精機能障害」②精子は睾丸で問題なく作られているものの、うまく出てこない「精路通過障害」③性行為そのものがうまくできない「性機能障害」――の大きく3つに分類される。①が最も多く、8割近くに上るとされている。

■精子の質と数に年齢が影響

「精子の質と数に最も影響するのは年齢です。女性の卵子と同様、男性も35歳を超えると、一般的に精子の質、数ともに落ちてくる傾向にあります」(辻村教授)

 現在、日本の初婚平均年齢は男性が31.1歳、女性が29.7歳(2022年、厚生労働省調査から)。結婚から数年が経ち、「そろそろ子どもを」と考え始める年齢が35歳前後、あるいは30代後半〜40代前半であるケースも少なくない。

「そのため、子どもがほしいなら、なるべく早めに動いたほうがいいですよという話から始めることが多いのです。男性も年齢が上がるごとに、(パートナーの)妊娠・出産に至るまでの期間が長くなる傾向が明らかですから」(同)

 晩婚化、晩産化に伴い、「不妊治療をしても年齢的に難しく、子どもを諦めざるを得なかった」という話は珍しくない。「将来子どもを望んだとき、加齢によってかなわない可能性がある」という意識が若い世代にもあるのだとしたら、未婚男性の精子凍結はそれを防ぐための保険的な意味合いが強い。

■プレコンセプションケアが進む

 辻村教授によれば、将来の妊娠を考えながら普段の生活や健康に向き合う「プレコンセプションケア」と呼ばれる考え方のもと、結婚前の早い段階から健康状態や妊孕性を測る検査を受けたり、生活習慣を整えようとしたりする動きが顕著になってきたという。精子凍結は、現時点ではパートナーもおらず、結婚するかもわからないが、「将来、子どもを持ちたいと思ったときに困らないように」という備えとしての行動だ。

「結婚を控えた人などが受ける『ブライダルチェック』と呼ばれる健康診断はこれまでもありましたが、『プレコンセプションケア』はさらにその手前の考え方で、若い世代の意識の高まりを感じます。年齢をはじめ、日頃の生活習慣も精子や卵子に影響を与えるという認識が少しずつ広がってきているからではないでしょうか」(同)

 一方、精子凍結は、子どもを持つタイミングについて男性がより自分ごととして考えるようになったことの表れとする見方もある。これまで妊娠・出産=女性の問題という風潮で、「女性が子どもをほしいタイミングで、男性が協力する」という意識が強かったが、少しずつ変わってきているらしい。

■女性主導から自分のタイミングへ

「子どもを持つタイミングは、女性の年齢、すなわち卵子の年齢という要素が大きく捉えられ、女性主導なところがありました。現在も女性のほうが、自分が妊娠・出産できる年齢について焦りを感じ、“早く子どもをつくりたい”と切り出して妊活が始まるカップルは多い。それが今、男性も人生における“自分のタイミング”を意識するようになっている。精子凍結は、まさにそうした意識の表れ。“ベストなタイミングでプライベートもコントロールしたい”という男性の意識の変化を感じます」(香川さん)

 例えば、香川さんの元に相談に訪れた実業家の男性で、「子どもがほしいから、そろそろ結婚したい」と結婚を迫る女性への“免罪符”として精子凍結に踏み切った人がいた。二人の関係性への疑問はさておき、出産を視野に入れた女性から「早いうちに結婚を」と切り出されたとき、「僕は精子を凍結しているから、そんなに慌てなくて大丈夫」と、結婚を先延ばしにする免罪符として、一定の機能を果たしたらしい。

 また、別のクリニックでは、婚姻関係にある相手との間には子どもはいないが、次のパートナーとの間で子どもを持つことを踏まえ、精子凍結に踏み切った例もあったという。ほかにも、起業を控えており、「事業が軌道に乗るまで当面の間は、子どもは考えられない」という20代の男性が精子凍結する例もあった。また、自分はまだ子どもは考えられないが、彼女がほしがっており、互いのタイミングが折り合わないことから、将来への備えとして精子凍結した男性もいる。

「従来は“私が産めるタイミングで、あなたも協力して”という流れになりがちだった妊娠・出産ですが、実は男性にも自分で決めたいタイミングがある。結婚は相手の年齢で決めるものではなく、どちらかが折れないといけないものでもない。精子を保存する技術は、そうした意味でも、男性の保険にもなりうるのかもしれません」(同)

(ライター 松岡かすみ)