印象的な動きをする猫の動画を素材に作った「猫ミーム」が人気だ(撮影/写真映像部・和仁貢介)

 猫ミームが人気だ。なぜ、人は猫ミームに惹かれるのか。猫動画で“デジタル猫吸い”にいそしんできた働き盛りの記者が、猫ミームの偉大な効用を真面目に分析した。

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■動画を通じて猫吸いする日々

 隙あらば、猫動画を見てきた。キャットタワーに登り損ねるおっちょこちょいな猫を見て微笑み、疲れたときはまどろむ猫に「あなたも眠いの〜」と心の中で声をかけていた。猫と暮らしてはいないけれど、動画を通して“猫吸い”をしてきた一人だ。

 そんな記者の心をここしばらくつかんで離さないコンテンツが、「猫ミーム」だ。

 猫ミームとは、「猫の動画」を組み合わせて作ったショート動画のこと。TikTokやYouTubeに数多くアップされている。「ブラック企業を辞めるまで」「新卒看護師の日常」「自衛官の一日」など、日常生活に関連したテーマが多いようだ。

 つい先日のことだ。「あの仕事、なぜもっと早くできなかったのだろう」と自分を責め、「人生詰んだ」とばかり、軽く絶望して打ちひしがれていたとき、ある猫ミームが脳裏によみがえった。

 うつむき気味のキジ猫が自信なさげに「ニャア」と鳴く。困り果てているような姿に、これまで幾度も「その気持ち、わかるよ」と共感してきた。今の私って、あの猫と同じかも。そう思うと、ちょっと気持ちが緩み、笑いも出た。

■共感できる「あるある」が猫になった

 猫ミームの“素材”は、さまざまな動画から切り抜かれた、特徴的な動きをする猫たちだ。頭を抱えて甲高い声で鳴く子猫、立ち上がってぴょんぴょん跳びはねる猫、ノーと叫ぶ茶トラ、カリコリとフードをかみ砕く猫、低音で返事をするふとましい白猫、猫パンチを食らわせる猫……。それぞれにBGMもついている。

 猫ミームラバーという30代の男性会社員は言う。

「誰もが『あるある』と共感できる感情が『猫』で表現されていて、親しみやすい。とっつきやすいし、つい見てしまう」

 男性のお気に入りは、アヴリル・ラヴィーンの「ガールフレンド」に合わせて踊る猫。仕事がうまくいったときの達成感や、おいしいものを食べたときの高揚感が想起され、見るだけで気分がアガるという。

 なぜ、猫ミームが人気なのか。

猫好きは「猫は困惑して見える」というが、ノリノリな音楽と動きで気分はアガる(撮影/写真映像部・和仁貢介)

■知らない人生を垣間見る

 トレンドに詳しいニッセイ基礎研究所の研究員・廣瀨涼さんは言う。

「動画を作る人にとっては日常や自身の過去の体験の再現だったとしても、動画の視聴者にとっては非日常。他人の人生を、デフォルメされたユニークな物語として、垣間見ている感覚があるのだと思います」 

 SNSで発信された個人の体験談がバズる現象と似ているかもしれない。

「猫ミームを見ると、制作者の気持ちと、猫の顔やしぐさとがリンクしていることがわかります。猫ミームが広がるうちに、『この動画はこんな感情』という解釈が多くの人に共有されるようになりました」

■猫たちは「共通言語」でLINEスタンプのようなもの

 切り抜かれた動く猫たちは、いわば共通言語で、LINEスタンプのようなものだという。

 ただし、ガチの猫好きに猫ミームを見せると、戸惑った様子。こんな返事があった。

「うーん、踊る猫は困ってるように見えるし、頭を抱えて叫ぶ子猫は乳飲み猫で眠いだけじゃないかな。NOと叫ぶ猫はお風呂で洗われてるのかなと思うけど……、世の中が猫で盛り上がってくれるなら、野暮は言いません」

 そう聞いて、ふだん猫動画を見ているときと、猫ミームを見ているときの自分の情動に違いがあることに気がついた。

 猫動画を見ているときは、「猫かわいい」が気持ちの主軸だ。

 だが、猫ミームは猫のかわいさや癒やしを目的には見ていない。人間社会の縮図を、猫ミームを通してちょっとだけ俯瞰して見て、共感したり心を慰めたりしている。

■登場人物が愛しく愛らしい

 たとえば頭を抱えて鳴く子猫のミームなら、「もうイヤ」と叫ぶのがあんなに小さな子猫だから、登場人物をなんだか無性に愛しくいじらしく感じてしまうのだ。

 この猫ミーム動画、起源は定かではないそうだが、2024年明けごろから一気に増えたという。今年の初めから流行しているタイプの猫ミームについて、前出の廣瀨さんは一度は調査を試みたが、あまりの数の多さに途中で諦めたという。

心の叫びを代弁してくれるのがこんなに小さな猫だから…(撮影/写真映像部・和仁貢介)
記者も個人で楽しむために、猫ミームを作ってみた。著作権に配慮して、フリー素材でアレンジした一部をお見せします

■猫ミームとは「水戸黄門」

 猫ミームがここまで増殖した背景には、動画として「つまらない」と判断されるリスクが低いからではないかという。

「素材になる動画は、猫の動きとBGMが同じのいわゆる”定型“。登場人物のシチュエーションがわかりやすく、起承転結がはっきりしています。ストーリーは違っても、同じキャラクターが登場するので、誰が作っても同じジャンルの動画を見ている感覚になるのではないでしょうか」

 テレビでいうならサザエさんや水戸黄門を、YouTubeでいうならお気に入りのYouTuberのチャンネルを見ているような安定感がある。

 ただし、3月下旬時点で「既に飽和状態にある」と廣瀨さんは見ている。

「膨大な数がありますし、企業が広告にしようにもタイムラグや著作権の問題があるので実現するのは難しい。猫ミームの流行は一過性だと思います」

記者が作った渾身の「猫ミーム」、お見せできないのが残念ですが、せっかくなのでフリー素材で置き換えてみました。「猫」この崖っぷち感、伝わりますか?

■猫ミーム祭りに参加したい

 これまでも、猫はさまざまな形でネットを席巻してきた。古くはアスキーアートのギコ猫がいたし、胴が長く伸びた白猫など有名ないくつかの写真からはたくさんの猫コラ画像が誕生した。猫ミームの新しさは素材が動画になり、物語性を帯びたことだろう。

 記者は、猫ミームに大いに救われた。だから、猫ミームが飽きられてしまうのは、ちょっと寂しい。

 今のうちに猫ミーム祭りに参加したくて、無料の動画編集アプリを使い、猫ミーム動画を作ってみた。テーマは「朝起きられない日」。最初はアプリの使い方にてこずったが、覚えれば簡単だ。3時間ほどでそれっぽい動画ができた。

自分の日常のしょうもないため息を、慣れ親しんだ猫たちが代弁してくれると思うと、ちょっと人生が愛おしく、そしてマシになった気がした。

(編集部・井上有紀子)

※NyAERAオンライン限定記事

フリー素材で表現してみました。「猫ミーム」があると、日常がちょっとマシになった気がするのです