今夏の富士山の山開きに向けて、4月1日から山小屋の予約受け付けが始まる。山小屋に宿泊せず、ご来光目的の「弾丸登山」が問題になっているが、山梨県は今月、登山者から2000円の通行料を徴収することを決定。支払わない登山者や弾丸登山を阻止するゲートも設置するという。しかし、県の方針に対して関係者からは「通行料が高すぎる」「果たしてうまくいくのか」と懐疑的な声が上がっている。
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山梨県議会は3月4日、富士山の登山者に通行料2000円の支払いを義務づける条例案を全会一致で可決した。
富士山の登山者にはこれまで、環境保全などにかかる費用として、静岡、山梨県が任意の「富士山保全協力金」の寄付を呼びかけてきた。そして山梨県側からの登山者には今年の開山日の7月1日以降、さらに通行料が別途に求められることになる。
県世界遺産富士山課によると、通行料を徴収するゲートが、富士スバルライン5合目の登山道の入口や、馬返し(標高1450メートル)からの登山道(旧道)との合流地点である6合目に設けられ、それぞれに警備員を置く予定だ。
ゲートは午後4時から翌朝3時までは閉鎖され、さらに登山者が4000人を超えたときも閉められる。特に夏の開山期間中は警備員を24時間配置して、ゲートを突破されないようにするという。
環境省によると、昨夏の富士登山者数は、ほぼ新型コロナ前の水準の約22万人。このうち約6割が、山梨県の吉田口からの登山者だった。
登山者数が回復した一方で問題となったのが、ご来光を見るために夜間に一気に山頂をめざす「弾丸登山」だ。標高が高いところまで一気に行くため、高山病や低体温症になった登山者が増えただけでなく、登山道や山小屋の前で仮眠するマナー違反の登山者が続出したのだ。
県世界遺産富士山課の大谷和生・総括課長補佐は、
「寒いので山小屋のトイレに入って占拠したり、火を焚いたりという悪質な事例もありました。そのため、『5合目で弾丸登山者を食い止めてほしい』という要望が、山小屋やガイドから出ていた」
と話す。
そして県が対策として考えたのが、一定額の通行料の徴収と、夜間に登山道のゲートを閉じることだった。
長崎幸太郎知事は昨年12月、臨時の記者会見で「富士登山における総合安全確保対策」の骨子案を公表。吉田口登山道にゲートを設けて、通行料を義務化する方針を明らかにした。
そして2月の県議会では、夕方から登り始める人が弾丸登山ではないかゲートで山小屋に確認するシステムや、ゲートでの決済方法を検討することを明らかにした。
長崎知事は昨年12月、
「詳細につきましては、地元関係者と意見交換をしながら調整を図って参ります」
と述べていた。
登山者の安全対策の方向性について、地元の関係者も大枠では納得していた。しかし、隔たりがその後、広がっていくことになる。
■「弾丸登山」対策のゲート
富士山にかぎらず、登山の安全対策に欠かせないのが山小屋の協力だ。
山小屋は単なる宿泊施設ではなく、登山道の整備、けがをしたり具合が悪くなったりした登山者の救護、山岳救助隊への通報など、山での安全確保の実務を担っている。
そんな「現場」を知る関係者と県との意見公開会が1月、富士吉田市の合同庁舎で開かれた。地元自治体の職員や山小屋の経営者、ガイドなど約30人が出席した。
そこで県から示された案は「通行料3000円」。会議室には驚きの表情が広がり、次々と反対の声が上がったという。
山梨県側の山小屋を束ねる富士山吉田口旅館組合の中村修組合長は、こう語る。
「我々は、通行料は500円、高くても1000円くらいだと思っていた。ゲートはあくまでも弾丸登山者を止めるためのものであって、そこで3000円を徴収すると、協力金と合わせたら4000円にもなる。いくらなんでも高すぎる」
一方、県の「通行料3000円」にも理由があった。県が説明したのが「受益者負担」だ。
富士山の安全対策には、ゲートの設置以外に噴石や落石対策も含まれる。県は、2014年の噴火で多くの死傷者を出した御嶽山(標高3067メートル)に整備されたシェルターのような施設を、富士山にも設けることを計画している。
環境省が10年に実施した調査によると、富士登山者の4人に1人は外国人で、吉田口登山道の利用者の96%は山梨県外の居住者だった。
県外の人の安全対策にかかるコストを県民の税金から支出することに、県民の理解は得られない。県側は出席者に、そう説明したという。
「ゲートによる登山者の規制やシェルターの設置等の費用を積み上げて、受益者負担という観点で通行料を算出すると、確実に1000円を超えます。さらに富士登山全体をグレードアップするには、これくらいの金額が必要になる」(県世界遺産富士山課の大谷さん)
■知事の「鶴の一声」で?
通行料3000円は高いのか。高いのならば、いくらが「適正」なのか――。
県の担当者は、
「地元の声を知事に伝えていくなかで、『2000円』という金額が出てきた」
と明かす。最終的に長崎知事の「鶴の一声」で、金額が決まったようだ。
県と地元関係者の意見交換会が2月に再び開かれ、その方針が伝えられた。中村さんは、
「県は『2000円でご理解ください』の一点張りだった。それでも高い、反対だって結構言ったんだけれど、『ご理解ください。申し訳ありません』と繰り返すばかりで、会議はおしまいだった」
と振り返る。
「押し切られた」という声の一方、県の見方は異なる。
「山小屋のみなさんからも、最終的には反対意見は出なかった、と受け止めています」(大谷さん)
「地元関係者から、もう少し慎重な議論をしてほしい、という声が上がっている」
2月14日の定例記者会見で、記者からそう質問された長崎知事は、こう述べた。
「2000円は必要な経費。これからやるべきコストを積み上げたものであって、いずれは理解されると思います」
「いまやラーメンですら1杯2000円という話で、富士山の価値はそんなに低いものなのかと、あえて問いかけたい」
■果たしてうまくいくのか
そして7月から、登山道ではゲートが設けられる。それをめぐってトラブルが起きるのではないかと、中村さんは心配する。
ゲートが閉鎖された午後4時以降であっても、山小屋の宿泊予約をしている登山者はゲートを通ることができる。その際は原則、山小屋の予約証明書を提示するというルールで運用される予定だ。
しかし、インターネット回線が引かれておらず、電話予約しか受け付けていない山小屋もある。予約証明書がなければゲートから山小屋に電話し、予約の有無を確認することになると見られる。
そして、特にゲートができる6合目には小屋しかなく、周辺は高い樹木もない吹きさらしの場所だ。気象条件も厳しい環境で、警備員は登山者に声をかけて現金のやり取りをし、スマホ決済ができる端末を取り扱い、さらに日本語に不慣れな外国人にも対応しなければならない。
「現場は結構、大変なことになると思う。もう、しっちゃかめっちゃかで、わけがわからないよ」
と中村さんはこぼす。
「下界」から持ち込んだ論理は、果たして富士山の現場で通用するのか。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)